コラム

ウィキリークスに、こんな読み方が

2010年12月15日(水)12時33分

 アメリカの大量の外交文書が、ウィキリークスによって明らかになった事件。外交の舞台裏が覗け、世界各国の指導者に対するアメリカの外交官の容赦ない寸評も知ることができるとあって、注目を集めています。

 このテーマが取り上げられる場合、ゴシップ雑誌風の話題になるか、あるいは「国家機密と知る権利の対立」という論争になるか、どちらかのケースが多いのですが、まったく違う読み方ができることを教えてくれたのが、本誌日本版12月15日号の「ウィキリークス 本当の爆弾」という記事です。

 「情報を意図的に漏洩することが外交官の職業上の『技』の1つと見なされていた時期があった」という書き出しは、思わず読みたくなります。

 世界各地に駐在するアメリカの外交官は、任地の情報を、せっせと本国に送りますが、ワシントンでは、果たしてどれだけ読んでくれているのか。どうせ無視されるだろうと思うとき、その内容を報道機関の特派員に教えていたというのです。国務長官(日本の外務大臣に該当)は多忙ですから、海外の大使館からの公電など、よほどのものでない限り、直接読むことはありません。でも、新聞なら毎日目を通します。新聞に記事を掲載させることに成功したら、外交官は、国務長官に大事な情報を伝えるという職務を達成したことになる、というわけです。

 とはいえ、なんでも報道機関にリークするわけにはいきません。公電そのものを読んでもらうために、アメリカの外交官は知恵を絞っていることが、ウィキリークスの暴露で明らかになったというのです。

 たとえば、ロシアのプーチン首相とメドベージェフ大統領の関係を、映画「バットマン」のバットマンと従者ロビンにたとえたり。もちろんプーチン首相がバットマンで、メドベージェフ大統領はロビンの役回りです。わかりやすく伝えるためには、適切なたとえが大事。そんな基本をきちんと押さえた報告書です。

 リビアの最高指導者カダフィ大佐が、「どこへ行くときも」ウクライナ人の女性看護師を同伴しているエピソードを挿入した公電など、読む者の興味を引く「つかみ」の書き方をよく知っていることを示しています。

 今回の漏洩はアメリカ外交にとって大打撃ですが、この記事はこう書きます。

 「皮肉なのは、今回のウィキリークス騒動で内部文書が暴露された結果、アメリカの外交官たちが極めて有能で十分に役割を果たしている事実が明らかになったことだ」

 「ウィキリークスが暴露した情報はおおむね、メディアが既に報じてきた内容と矛盾しない」

 「アメリカの外交官たちが言葉で説得したり、経済的な圧力をかけたり、秘密の軍事作戦を行ったりと、あらゆる外交手段を使いこなしていることが文書を通じて伝わってくる」

 だったら、どうしてアメリカの外交はうまくいかないの?と突っ込みを入れたくなる評価です。「メディアが既に報じてきた内容と矛盾しない」のは、外交官がメディアに情報をリークした結果かも知れないし、外交官が、メディアの報道をまる写しにしただけかも知れないではありませんか。

 などと言いたいことはありますが、こんな評価もあるのですね。「読ませる文章」を書くコツは外交官に聞け、ということなのかも知れません。

 翻って、我が日本の外交官は、外務省に対して、どんな公電を送っているのでしょうねえ。読みたいような、読みたくないような...。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スペイン、ドイツの輸出先トップ10に復帰へ 経済成

ビジネス

ノボノルディスク株が7.5%急騰、米当局が肥満症治

ワールド

ロシアがウクライナを大規模攻撃、3人死亡 各地で停

ビジネス

中国万科、最終的な債務再編まで何度も返済猶予か=ア
MAGAZINE
特集:ISSUES 2026
特集:ISSUES 2026
2025年12月30日/2026年1月 6日号(12/23発売)

トランプの黄昏/中国AI/米なきアジア安全保障/核使用の現実味......世界の論点とキーパーソン

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低く、健康不安もあるのに働く高齢者たち
  • 2
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツよりコンビニで買えるコレ
  • 3
    待望の『アバター』3作目は良作?駄作?...人気シリーズが直面した「思いがけない批判」とは?
  • 4
    【外国人材戦略】入国者の3分の2に帰国してもらい、…
  • 5
    「信じられない...」何年間もネグレクトされ、「異様…
  • 6
    週に一度のブリッジで腰痛を回避できる...椎間板を蘇…
  • 7
    素粒子では「宇宙の根源」に迫れない...理論物理学者…
  • 8
    「個人的な欲望」から誕生した大人気店の秘密...平野…
  • 9
    懲役10年も覚悟?「中国BL」の裏にある「検閲との戦…
  • 10
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入ともに拡大する「持続可能な」貿易促進へ
  • 4
    「食べ方の新方式」老化を防ぐなら、食前にキャベツ…
  • 5
    【実話】学校の管理教育を批判し、生徒のため校則を…
  • 6
    「最低だ」「ひど過ぎる」...マクドナルドが公開した…
  • 7
    【過労ルポ】70代の警備員も「日本の日常」...賃金低…
  • 8
    自国で好き勝手していた「元独裁者」の哀れすぎる末…
  • 9
    ミトコンドリア刷新で細胞が若返る可能性...老化関連…
  • 10
    空中でバラバラに...ロシア軍の大型輸送機「An-22」…
  • 1
    日本がゲームチェンジャーの高出力レーザー兵器を艦載、海上での実戦試験へ
  • 2
    人口減少が止まらない中国で、政府が少子化対策の切り札として「あるもの」に課税
  • 3
    日本人には「当たり前」? 外国人が富士山で目にした「信じられない」光景、海外で大きな話題に
  • 4
    【銘柄】オリエンタルランドが急落...日中対立が株価…
  • 5
    日本の「クマ問題」、ドイツの「問題クマ」比較...だ…
  • 6
    「勇気ある選択」をと、IMFも警告...中国、輸出入と…
  • 7
    インド国産戦闘機に一体何が? ドバイ航空ショーで…
  • 8
    【衛星画像】南西諸島の日米新軍事拠点 中国の進出…
  • 9
    健康長寿の鍵は「慢性炎症」にある...「免疫の掃除」…
  • 10
    兵士の「戦死」で大儲けする女たち...ロシア社会を揺…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story