コラム

「油断大敵」を他山の石に

2010年06月09日(水)11時27分

 「他山の石」という言葉がありますが、これは、さしずめ「他国の湾」というところでしょうか。アメリカのメキシコ湾で発生した原油流出事故です。日本でのニュースの扱いはあまり大きくないのですが、さすがにアメリカの週刊誌とあって、6月9日付本誌は大きく取り上げています。

 オバマ政権の初動が遅かったことから、「オバマのカトリーナ」と呼ばれているとか。カトリーナは自然現象だったのに対して、原油流出はBPの責任なのですから、一緒くたにするのはいかがかと思いますが、共和党がこう非難するというのですから、まあヌケヌケと、と驚いてしまいます。

 それにしても、内務省の鉱物資源管理局(MMS)のお粗末ぶり。監督官庁と監督される側の企業との癒着は、いずこも同じなのですね。

 「複雑なシステムやハイテク技術を詳しく理解するには、役人は一般に専門知識が足りない。基本的なノウハウについて政府は業界に依存している」「当局が自分たちの規制する業界に依存すれば、当然ながらなれ合いや、時には汚職が入り込む」

 本誌は、このように喝破しています。これは、決して対岸の火事ならぬ対岸の原油ではありません。日本でも、同じような構図は存在します。原子力発電所のように高度に専門的な知識が必要とされる分野を監督する役所と業界が陥りやすい誘惑です。

 事故はBPが起こしたけれど、連邦政府が対策に乗り出すと、連邦政府の責任になってしまうというジレンマ。これも他人事ではありません。

 巨大な事故が発生したとき、政府と自治体、問題の企業の関係は、どうあるべきなのか。日本国内では、こうした問題の危機管理上のシミュレーションが、どこまで行なわれているものなのか。

 「もし事故が起きたときに備えて」などと言い出そうものなら、「そんな縁起でもないことを言うと事故が起きるぞ」などと、言霊信仰に捉われて、最悪に備えない傾向にある日本。原油流出事故に対するアメリカの官民の対策の失敗から学ぶことは、たくさんあるはずです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

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