コラム

アフガンとイランのダブルスタンダード

2009年09月23日(水)11時06分

 選挙というのは魔物です。圧倒的に有利に戦いを進めていると思っても、どこか不安になるもの。勝利を確実にしようと考える候補者本人あるいは陣営のスタッフは、「勝つためなら何でもする」という気になってしまいます。

 今回の日本の衆議院総選挙でも、対立政党に対して、恥も外聞もないネガティブキャンペーンを繰り広げた政党がありました。このキャンペーンは、別に違法ではありませんでしたが、かえって有権者に嫌悪感を与え、支持者を失っただけで終わりました。でも、海外では、大掛かりな不正選挙に発展する場合があります。

 たとえば1972年のアメリカ大統領選挙。共和党のニクソン陣営は、民主党のマクガバン候補に選挙戦で圧倒的にリードしていたのに、それでも不安に駆られたのでしょう。民主党の今後の出方を知ろうと、ワシントンのウォーターゲートビル内にある民主党本部に盗聴器を仕掛けようとしたスタッフが警察に逮捕されてしまいます。やがては、せっかく当選を果たしたニクソン大統領が任期途中で辞任せざるを得なくなるという結果を招きました。「ウォーターゲート事件」です。

 今回、「日本版9月23日号」の「カルザイ陣営の愚かな勇み足」という記事を読んで、このことを想起したのです。

 8月20日に行われたアフガニスタンの大統領選挙で、現職のカルザイ候補の陣営の組織的な不正工作が次々に判明しています。ニューデリー支局長は、こう書いています。

「勝利を手にしたいあまりに不正に走った大統領候補はこれまでにもいた。だが解せないのは、そんな手段に出なくても合法的に当選できたはずのカルザイがなぜ不正に走ったのか、だ」

 いえ、いえ。「解せない」のはアフガニスタンの大統領選挙に限りませんよ。アメリカの「ウォーターゲート事件」だって、「合法的に当選できたはず」だったのに、不正に走ったのですから、動機が解せませんよ。

 この記事によると、カルザイのために大規模な票の捏造が行われたようです。

「州知事や地方長官、警察長官や彼らと関係の深い軍閥に至るまで、カルザイを支持する地方の役人が、票の水増しや脅迫などの不正行為に関与したとみられている」

 大統領選挙をめぐって大規模な不正行為。そこで思い出すのは、今年6月に行われたイランの大統領選挙です。現職のアフマディネジャド候補の陣営の大規模な不正の疑惑が表面化し、これに抗議する市民の運動が盛り上がると、欧米のメディアは、これを大きく取り上げ、各国政府も抗議の声を上げました。

 ところが、アフガニスタンの大統領選挙の不正となると、きちんと報道したのは、この記事くらいのもの。厳しい報道、批判が起きていません。これでは、ダブルスタンダードだと言われても仕方がありません。

 そんな現状を皮肉ったのが、同号の「Perspectives」に掲載された風刺画です。「イラン大統領選挙不正?」と書かれた投票箱を見た欧米の人々が「許し難い!」と怒っている一方、「アフガニスタン大統領選挙不正?」という投票箱は見ないフリをしています。

 この視点が大切ですね。欧米のあからさまなダブルスタンダードが、どれだけ第3世界の人々の怒りを買っていることか。そのことにも見ないフリはしないほうがいいのです。

プロフィール

池上彰

ジャーナリスト、東京工業大学リベラルアーツセンター教授。1950年長野県松本市生まれ。慶應義塾大学卒業後、NHKに入局。32年間、報道記者として活躍する。94年から11年間放送された『週刊こどもニュース』のお父さん役で人気に。『14歳からの世界金融危機。』(マガジンハウス)、『そうだったのか!現代史』(集英社)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

アングル:カジノ産業に賭けるスリランカ、統合型リゾ

ワールド

米、パレスチナ指導者アッバス議長にビザ発給せず 国

ワールド

トランプ関税の大半違法、米控訴裁が判断 「完全な災

ビジネス

アングル:中国、高齢者市場に活路 「シルバー経済」
MAGAZINE
特集:健康長寿の筋トレ入門
特集:健康長寿の筋トレ入門
2025年9月 2日号(8/26発売)

「何歳から始めても遅すぎることはない」――長寿時代の今こそ筋力の大切さを見直す時

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が下がった「意外な理由」
  • 2
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動ける体」をつくる、エキセントリック運動【note限定公開記事】
  • 3
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界がうらやむ国」ノルウェーがハマった落とし穴
  • 4
    50歳を過ぎても運動を続けるためには?...「動ける体…
  • 5
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 6
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害…
  • 7
    「人類初のパンデミック」の謎がついに解明...1500年…
  • 8
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 9
    20代で「統合失調症」と診断された女性...「自分は精…
  • 10
    「体を動かすと頭が冴える」は気のせいじゃなかった⋯…
  • 1
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ女性が目にした光景が「酷すぎる」とSNS震撼、大論争に
  • 2
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 3
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット民が「塩素かぶれ」じゃないと見抜いたワケ
  • 4
    東北で大腸がんが多いのはなぜか――秋田県で死亡率が…
  • 5
    皮膚の内側に虫がいるの? 投稿された「奇妙な斑点」…
  • 6
    1日「5分」の習慣が「10年」先のあなたを守る――「動…
  • 7
    なぜ筋トレは「自重トレーニング」一択なのか?...筋…
  • 8
    飛行機内で隣の客が「最悪」のマナー違反、「体を密…
  • 9
    25年以内に「がん」を上回る死因に...「スーパーバグ…
  • 10
    豊かさに溺れ、非生産的で野心のない国へ...「世界が…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    こんな症状が出たら「メンタル赤信号」...心療内科医が伝授、「働くための」心とカラダの守り方とは?
  • 3
    「自律神経を強化し、脂肪燃焼を促進する」子供も大人も大好きな5つの食べ物
  • 4
    デカすぎ...母親の骨盤を砕いて生まれてきた「超巨大…
  • 5
    デンマークの動物園、飼えなくなったペットの寄付を…
  • 6
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果…
  • 7
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 8
    山道で鉢合わせ、超至近距離に3頭...ハイイログマの…
  • 9
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 10
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story