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南米街角クラブ

島田愛加|ブラジル/ペルー

ブラジル大統領選には歴史や宗教も影響、30日の決戦に向けてヒートアップ

投票は電子投票機を使って行われる、入力するのは候補者の番号(photo by iStock)

10月2日、ブラジルの大統領選挙が行われた。
前回の記事でも書いたのだが、事前の世論調査の結果通り、現職ボウソナロ氏と前大統領ルーラ氏の一騎打ちとなった。
(前回の記事、9月28日投稿「ブラジル大統領選直前、私の身の周りに起こった出来事」

極右のボウソナロ氏は経済優先、思ったことをはっきり言う姿が支持者に人気だが、コロナ軽視や人権に反する発言が目立つ。
左派ルーラ氏は2003~2010年まで2期連続当選した元大統領で、汚職で逮捕されていたが無罪が確定し出馬可能となった。

両者の政策をまとめると
ルーラ:社会保障重視、中絶合法化、南米諸国やBRICS(ブラジル、ロシア、インド、中国)との連携の再強化、国営企業の民営化反対。
ボウソナロ:国営企業の民営化、減税、中絶合法化反対、今の財務大臣をそのまま起用。先進国との関係を強める。
大きく異なるのは中絶の合法化と国営企業の民営化である。

事前の世論調査によるとルーラ氏が過半数の票を獲得し当選する可能性も伝えられていたが、実際には30%程度と予想されていたボウソナロ氏の票が伸びた。過半数票を越える候補者がでなかった場合は、同月の最後の日曜日に上位2人で決選投票が行われる。

ルーラ氏(労働者党)48.4% 
ボウソナロ氏(自由党)43.2%
テベテ氏(ブラジル民主運動党)4.2% 
シロ氏(民主労働党)3%

世論調査は携帯電話を使って行われていたそうで、携帯電話を所持していない層の調査が足りなかったとも指摘されていたが、ルーラ氏の支持者が「優勢」を伝えられていたために選挙に行かなかった、またはボウソナロ氏の支持者が世論調査に積極的に参加しなかったのではとも言われている。
だが、国民は世論調査の誤差よりも30日に行われる決戦のことが気になって仕方がない。

|地図で見る各候補者の支持者の特徴①

前回の記事で、「ルーラ氏は貧困層に人気がある傾向がある」と書いたが、もちろん全ての人がそうであるわけではない。
しかし、今回のルーラが票を獲得した地域と貧困層が多い地域を照らし合わせるとそれが目に見えてわかる。

mapa.pngのサムネイル画像
色が逆で見づらく申し訳ないのだが、ルーラ支持(赤)と貧困層が多い地域(青)は非常によく似ている(作成 Aika Shimada)


ここで、ブラジル国外の人々が知るべきことは、「なぜこの地域に貧困層が多いのか」ということである。

これはブラジルの歴史が関係している。
ポルトガル植民地時代にサトウキビ栽培で栄えた北東部には、ポルトガル人によって多くのアフリカ人が奴隷として連れてこられた。やがてゴールドラッシュで人々が内陸へ流れ、首都はリオデジャネイロに遷都され、北東部はかつての経済的な勢いを失くしてしまう。また、首都から離れた北部の街は未だに開発が進まない地域が多く、約8割の住民が充分な衛生環境(水道水や下水処理の利用など)がない生活を余儀なくされている。

380年以上続いた奴隷制の影響は今も続いている。

ルーラ氏も貧困層の出身で12歳から働き始め、今回の大統領選の候補者で唯一学士号を持っていない。そんなルーラ氏は大統領就任中に新しい大学入試制度を作り、貧困層出身が大学に通えるように努めた。大学進学者は倍増し若者の未来は広がった。ルーラが汚職で逮捕されても熱狂的な支持者が多いのはこういうところにあると感じる。

|地図で見る各候補者の支持者の特徴②

また、この各候補者の獲得票を表した地図はツイッター上でも指摘され話題を呼んだ。
ボウソナロ氏が票を多く獲得した地域と「森林破壊のアーチ」(O Arco do Desmatamento)と呼ばれている地域が非常に似ていると地図に印をつけたのは環境科学の博士号をもつホドルフォ・サルム氏だ。


アマゾン森林破壊はボウソナロ氏が大統領になった2018年から、急速なスピードで進んでいることは世界各国から指摘されている。
同氏は経済政策としてこの地域での大豆生産や放牧を推進しており、これを見ると農業関係者にボウソナロ派が多いと言われるのも納得ができるだろう。

|アマゾン森林破壊を国民はどう思っているか

アマゾン森林破壊の問題は間違いなくブラジルの最も大きな問題の一つである。これはブラジルだけでなく世界に関わる重要な問題だ。
今回の大統領選でもアマゾンの今後の行方は注目されているが、国民は環境問題よりも自分により近い問題解決を期待しているように感じる。

これは明日食べるものもままならない家庭が多いという理由だけでなく、日本の22.5倍にあたる広大なブラジルの物理的な問題もあるだろう。ブラジル南部からアマゾン熱帯地域までは、日本~カンボジア間ほどの距離がある。
アマゾンの問題だけではない。このブラジルの大きさは国民が1つの問題に立ち向かうことの難しさを表している。

|決戦に向け、SNSは更にヒートアップ

ブラジルの大統領選ではSNSが大々的に使われているのだが、福音派の支持を多く持つボウソナロ氏がフリーメイソンの集会に参加している動画がネット上に出回って大きな騒ぎになった。動画は大統領に就任する以前のものだが、福音派の信者から強い反感を浴びた。

同時に、ルーラ公式のSNSには「ルーラはクリスチャンであり、神を信じています」と本人が手を合わせる写真と共に掲載された。どうやらボウソナロ派が「ルーラが当選した際にはブラジルの全ての教会が封鎖される」というフェイクニュースを福音派の信者に流していたそうだ。

フェイクニュースは2018年の大統領選でも大きな問題になった。
以降、SNSでは運営側からファクトチェックが入り、事実に基づかない情報はぼかしが入るようになったが、それを避けるために今ではテキストメッセージアプリのグループ内で共有されているようだ。

こういった宗教をめぐる票は、キリスト教が半分を占めるブラジルでは避けられない問題だが、信仰を脅かして票を獲得するとは信じがたい行為である。
ちなみに中絶合法化が非常に注目されているのも、宗教上の理由があげられる(福音派はいかなる場合も中絶を認めない)。

|ミナスを征するものはブラジルを征する

最後に、興味深い話を共有したい。
1989年以来、ブラジルの内陸部ミナスジェライス州で優勢の候補者が大統領になる傾向がある。

同州は17世紀終わりにゴールドラッシュにより急激な人口流出が起こった場所だ。こういった歴史から政治的な力が強い。
また、最大都市サンパウロや旧首都リオデジャネイロ、北東部、中西部に面しているため文化的にも経済的にも多様である。

今回の大統領選で同州はルーラ氏が48.29%、ボウソナロ氏が43.6%を獲得し、ブラジル全体の数字とほぼ同じであった。
大統領選と同時に行われた州知事選では現職のホメウ・ゼマ知事が過半数以上の票を得て再当選。当選後、同氏は決戦でボウソナロ氏を支持すると発表。影響がでるか注目されている。

しかしルーラ氏、ボウソナロ氏共にアンチが多いため、2日の大統領選で獲得している数字は殆ど動かないのではと予想されている。
そうなると、3位のテベテ氏と4位のシロ氏の票、そして白紙だった票の奪い合いとなるだろう。テベテ、シロ両氏の政党はルーラを支持することを表明した。

しかし、議会や州知事にはボウソナロ派の当選が目立っており、もし決戦でルーラが当選しても政策が通らないなど厳しい状態になるのではと予想されている。

ブラジルの大統領選挙は直接選挙ということもあり、国民が熱くなりやすい。
ルーラ氏もボウソナロ氏もその結果生まれた大統領と言われており、今回は左派ポピュリストと右派ポピュリストの戦いとなってしまった。

こうしている間にも、どんどん新しいニュースが飛び込んでくる。

できるだけ沢山の世論を知りたいと、最近ニュースだけでなくTikTokやツイッターのコメント、Youtubeのまとめ動画(ブラジル人のまとめ動画は非常にわかりやすく、面白いので視聴者も多い)もチェックしているため、しばらく寝不足になりそうだ。

 

Profile

著者プロフィール
島田愛加

音楽家。ボサノヴァに心奪われ2014年よりサンパウロ州在住。同州立タトゥイ音楽院ブラジル音楽/Jazz科卒業。在学中に出会った南米各国からの留学生の影響で、今ではすっかり南米の虜に。ブラジルを中心に街角で起こっている出来事をありのままにお伝えします。2020年1月から11月までプロジェクトのためペルー共和国の首都リマに滞在。

Webサイト:https://lit.link/aikashimada

Twitter: @aika_shimada

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