最新記事
BOOKS

入居者の頭を持ち上げ「なんであなたは」と激怒...老人ホームで目撃した地獄のような光景

2025年5月25日(日)13時25分
印南敦史(作家、書評家)

「ヒモで頭を引っぱっておくしかないわ」


 施設長の吉永清美さんが樋口さんの頭を持ちあげて怒る。
「なんで、頭をあげないの。そんなことしているから食事ができないんでしょう」
 施設長が手を離したとたん、樋口さんの頭はガクンと前にうな垂れてしまう。
「この人、ヒモで頭を引っぱっておくしかないわ」と、施設長は怒る。(167〜168ページより)

この施設長は、樋口さんの家族(お嫁さん)が訪れたときだけは別人のように愛想がよくなる。

雨の降っている外出日、停めてある車までたったひとりで歩かされ、ようやくたどり着くも足が上がらず乗り込めない樋口さんに、お嫁さんが怒鳴り声を上げる。施設長は、いつもと違った声色で「がんばれ」と応援する――。

地獄のような光景であり、非常に不快な気持ちになる。だが、もしかしたら、こういったことはどこの老人ホームでも起こりうることなのかもしれない。

身につまされるのは、なにをされても黙っていた樋口さんが著者に助けを求めたときの記述だ。


 夜、ベッドに寝かせたとき、樋口さんが「死にたいです」と言った。
 そして掛け布団を顔まで引っぱった。
「疲れたの」と尋ねても樋口さんは答えなかった。
 朝の起床時にも「死にたいです」と言った。
 施設長の吉永さんに話すと、
「前から言っているのよ。同情してほしいのよ」と言い、
「川島さん、あまり甘やかさないでくださいね。着替えも自分でやらせてくださいね」と言った。
 まずかった。
 施設長に尋ねるべきではなかった。(179〜180ページより)

樋口さんの「その後」についてはあえて書かないでおくが、ぜひとも自分の目で確認していただきたいと思う。

こうした老いの問題は、誰にも訪れるもの。つまり、樋口さんのようにはならないと断言できる保証は誰にもないのだから。

家族は知らない真夜中の老人ホームg
家族は知らない真夜中の老人ホーム
 ――やりきれなさの現場から
 川島 徹 著
 祥伝社

(※画像をクリックするとアマゾンに飛びます)

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。他に、ライフハッカー[日本版]、東洋経済オンライン、サライ.jpなどで連載を持つほか、「ダ・ヴィンチ」などにも寄稿。ベストセラーとなった『遅読家のための読書術』(ダイヤモンド社)をはじめ、『読んでも読んでも忘れてしまう人のための読書術』(星海社新書)、『人と会っても疲れない コミュ障のための聴き方・話し方』(日本実業出版社)など著作多数。2020年6月、日本一ネットにより「書評執筆本数日本一」に認定された。最新刊は『現代人のための 読書入門』(光文社新書)。

ニューズウィーク日本版 脳寿命を延ばす20の習慣
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2025年10月28日号(10月21日発売)は「脳寿命を延ばす20の習慣」特集。高齢者医療専門家・和田秀樹医師が説く、脳の健康を保ち認知症を予防する日々の行動と心がけ

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら



あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ米大統領、日韓などアジア歴訪 中国と「ディ

ビジネス

ムーディーズ、フランスの見通し「ネガティブ」に修正

ワールド

米国、コロンビア大統領に制裁 麻薬対策せずと非難

ワールド

再送-タイのシリキット王太后が93歳で死去、王室に
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
特集:脳寿命を延ばす20の習慣
2025年10月28日号(10/21発売)

高齢者医療専門家の和田秀樹医師が説く――脳の健康を保ち、認知症を予防する日々の行動と心がけ

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...装いの「ある点」めぐってネット騒然
  • 2
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した国は?
  • 3
    「宇宙人の乗り物」が太陽系内に...? Xデーは10月29日、ハーバード大教授「休暇はXデーの前に」
  • 4
    シンガポール、南シナ海の防衛強化へ自国建造の多任…
  • 5
    為替は先が読みにくい?「ドル以外」に目を向けると…
  • 6
    「信じられない...」レストランで泣いている女性の元…
  • 7
    ハーバードで白熱する楽天の社内公用語英語化をめぐ…
  • 8
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 9
    「ママ、ママ...」泣き叫ぶ子供たち、ウクライナの幼…
  • 10
    【ムカつく、落ち込む】感情に振り回されず、気楽に…
  • 1
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 2
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号返上を表明」も消えない生々しすぎる「罪状」
  • 3
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
  • 4
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 5
    超大物俳優、地下鉄移動も「完璧な溶け込み具合」...…
  • 6
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 7
    報じられなかった中国人の「美談」
  • 8
    【2025年最新版】世界航空戦力TOP3...アメリカ・ロシ…
  • 9
    中国レアアース輸出規制強化...代替調達先に浮上した…
  • 10
    本当は「不健康な朝食」だった...専門家が警告する「…
  • 1
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になりやすい人」が持ち歩く5つのアイテム
  • 2
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 3
    「大谷翔平の唯一の欠点は...」ドジャース・ロバーツ監督が明かすプレーオフ戦略、監督の意外な「日本的な一面」とは?
  • 4
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 5
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 6
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 7
    バフェット指数が異常値──アメリカ株に「数世代で最…
  • 8
    「日本の高齢化率は世界2位」→ダントツの1位は超意外…
  • 9
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
  • 10
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中