最新記事

ISSUES 2023

ニーナ・フルシチョワ「ロシアでも西側でも人々は無能で独裁的な指導者を支持」

WAR AND POPULISM

2023年1月3日(火)09時45分
ニーナ・フルシチョワ

mag230103_russia2.jpg

ウクライナの首都キーウ近郊のブチャで激しい戦闘により破壊されたロシア軍戦車 ZOHRA BENSEMRA-REUTERS

イギリスの国民も、ボリス・ジョンソン元首相を3年間も野放しにしていた。彼が無能な取り巻きに政府の仕事を回しても、議会や王室を軽視しても、好きなようにさせた。たぶんブレグジット(イギリスのEU離脱)の「功績」ゆえだろう。

ポーランドではヤロスワフ・カチンスキの政権が法廷と国内メディアの大半を脅し、飼い慣らしている。補助金のばらまきで農村部や貧困層に取り入り、盤石の支持基盤を固めているからだ。

こうして政府が国民の一部と取引するのが当たり前になると、専制主義と独裁の土壌が育つ。人は国家(または世界)のためではなく、自分と仲間の利益のために票を投じるようになる。そして指導者は有権者の望みをかなえる代わりに、民主主義と倫理を堂々と踏みにじる。国民の物質的欲望を満たす一方で、異質な少数者に対する恐怖心をあおり、憎悪を政治の武器とする。

プーチンやトランプのようなポピュリストは巧みに支持者の空気を読み、それに合わせて自分の意見や立場を変える。ウクライナ侵攻に対するトランプの反応を見ればいい。当初はプーチンに肩入れしていたが、国内世論の動向を見て、ある時期から侵攻反対に舵を切った。

だがウクライナ人の勇気をたたえてきたアメリカ人の間にも、今は支援疲れが見える。共和党議員の多くは、ウクライナ支援も無条件ではないと言いだしている。トランプ同様、心の底では「アメリカだけがよければいい」と思っているのだろう。

magSR230103_russia3.jpg

4月にはオースティン米国防長官(左)とブリンケン米国務長官(右)がウクライナを訪問し、ゼレンスキー大統領(中央)に支援継続を約束。だがアメリカ国内には支援疲れも目立つ UKRAINIAN PRESIDENTIAL PRESS SERVICE-REUTERS

さすがに今は、ロシアの一般市民もウクライナで起きている惨劇の不条理に気付き始めた。ただしウクライナの人々に同情したからではなく、自分の息子や親兄弟が兵隊に取られかねない事態になったからだ。しかし、もしアメリカの共和党議員がウクライナの現実に背を向け、目を閉じてしまうようなら、ロシアの人々もプーチンの戦争に反対する意欲を失うだろう。

社会契約とは、社会の全ての人が共通の利益のために、一定の規則や規範を受け入れるという暗黙の了解を意味する。だがポピュリストは異質な人を排除して、ひたすら身内の利益だけを追求する。まさにプーチンがやってきたことだ。

そうしたアプローチの有効性にプーチンが気付いたのは、ある意味で意外だった。もともと彼は思慮深い男ではない。トランプも同様だ。しかし、そこが一番の問題かもしれない。だから私たちはだまされ、ポピュリストのゆがんだ統治を受け入れてしまった。もう思慮も分別もなく、あるのは恐怖と恥辱、そして排除の論理だけ。そこでは独裁者が栄え、野蛮な戦争が繰り返される。

©Project Syndicate

magSR230103_nina.jpgニーナ・フルシチョワ
NINA KHRUSHCHEVA
米ニューヨークにあるニュースクール大学の教授(国際問題)、コラムニスト。元ソ連首相ニキータ・フルシチョフのひ孫。共著書に"In Putin's Footsteps: Searching for the Soul of an Empire Across Russia's Eleven Time Zones "がある。

20240521issue_cover150.jpg
※画像をクリックすると
アマゾンに飛びます

2024年5月21日号(5月14日発売)は「インドのヒント」特集。[モディ首相独占取材]矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディの言葉にあり

※バックナンバーが読み放題となる定期購読はこちら


今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

4月末国内公募投信残高は前月比0.1%減の226.

ビジネス

ゆうちょ銀、3月末の国債保有比率は18.9%

ビジネス

みずほFGの今期純利益見通し10%増の7500億円

ビジネス

中国の複数行、高金利預金商品を廃止 コスト削減狙う
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 2

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダブルの「大合唱」

  • 3

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史も「韻」を踏む

  • 4

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    ロシア国営企業の「赤字が止まらない」...20%も買い…

  • 8

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 9

    ユーロビジョン決勝、イスラエル歌手の登場に生中継…

  • 10

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋戦争の敗北」を招いた日本社会の大きな弱点とは?

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 10

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    どの顔が好き? 「パートナーに求める性格」が分かる…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中