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対北朝鮮政策は、冷戦の「抑止の歴史」に学べ

2017年9月27日(水)19時00分
フレッド・カプラン(スレート誌コラム二スト)

50年代前半にソ連が核戦力を充実させ始めたとき、アメリカの右派の間では先制核攻撃論がしきりに唱えられた。しかし、アメリカの歴代政権はそれを選択せず、ヨーロッパとアジアで米軍の増強を行った。アメリカの抑止能力を強化したのだ。

抑止の土台を成すのは「信憑性」だ。一線を越えたら本当に行動を起こすと相手が信じない限り、抑止は機能しない。冷戦時代には、アメリカがベルリンやロンドンへの攻撃に対してボストンやニューヨークへの攻撃と同様の対抗策を講じると、ソ連に信じさせる必要があった。今日の北朝鮮にも、もし東京やソウルを攻撃すればアメリカの報復攻撃が待っていると信じさせなくてはならない。

北が米軍を恐れなくなる?

そうした信憑性を生み出すことに関して、ドナルド・トランプ米大統領の取ってきた行動はお粗末と言わざるを得ない。トランプは、シリア問題でのバラク・オバマ前大統領の行動を批判してきた。「レッドライン(越えてはならない一線)」を示したにもかかわらず、その一線が踏み越えられてもそのまま放置した、というのだ。

しかし、トランプ自身、金正恩に対して、次にミサイル発射をすれば「炎と怒り」で応じると脅していたのに、ミサイルが発射されても何もしなかった。こうしたことが繰り返されれば金はそのうちに「何をしても大丈夫だ」と思い始めるだろう。そうなれば、抑止力は崩れてしまう。北朝鮮がミサイル発射を強行した後、平壌を軍事攻撃すべきだったと言いたいわけではない。

トランプが十分な理解も計画もなしにリングに上がったことが問題なのだ。トランプはこれまで、北朝鮮問題を中国に丸投げしようとしてきた。今年4月の習近平(シー・チンピン)国家主席との会談で相手に気に入られたと感じていて、習が自分の頼みを聞いてくれるだろうと思い込んだらしい。しかし、国際政治では首脳同士の私的関係はほとんど意味を持たない。まともな指導者は、自国の国益を基準に政策を決める。

習がその気になれば、金体制を崩壊させるのは簡単だろう。北朝鮮の対外貿易の約85%は対中国が占めているからだ。しかし、さまざまな理由により、中国にとっては、北朝鮮という国家を安定的に存続させることが国益にかなう。だから、(よほどの暴走がない限りは)核やミサイルによる挑発行為を渋々容認することになる。

つまり、習の「好意」を当てにしているようでは、問題は解決しない。そして、大統領が早朝にツイッターを更新しても問題解決の糸口にはならない。トランプに必要なのは、冷戦時代の抑止の歴史を学ぶことだ。

<本誌2017年9月19日号掲載>

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© 2017, Slate

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