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ドキュメンタリー

ロシアのドーピング疑惑を暴く、ネットフリックス配信ドキュメンタリー

2017年9月13日(水)10時45分
スタブ・ジブ

ロドチェンコフは、いつも冗談ばかり言っている陽気なロシア人科学者だ。ビデオチャットのときは、なぜか上半身裸のことが多い。気さくで、ユーモアたっぷりで、専門家としての知識と経験は確かな型破りな人物。ロドチェンコフを「好きにならないなんて不可能だ」と、フォーゲルは言う。

ところが半年後の14年12月、ドイツの公共放送が、ロシアの陸上選手にドーピングが蔓延していることを暴くドキュメンタリー番組を放送。ロドチェンコフが疑惑の中心人物として紹介された。これを受けて世界アンチ・ドーピング機構(WADA)は調査を開始し、翌15年11月に、ロシアが国家ぐるみでドーピング(とその隠蔽工作)を行っていたことを結論付ける335ページの報告書をまとめた。

WADAの報告書は「ショックだった」と、フォーゲルは振り返る。「仲のいい友達が国を挙げてのドーピング計画の中心人物だっていうんだから」

【参考記事】ドーピング防止には「生体パスポート」しかない

ロシア版のスノーデン

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領も、スポーツ相のビタリー・ムトコも「国を挙げての不正」を完全に否定し、ドーピングをした選手はきちんと責任を取るべきだと言い張った。だがロドチェンコフは検査所所長の辞任に追い込まれ、検査所も閉鎖された。

その週のフォーゲルとのビデオチャットで、ロドチェンコフはいつになくピリピリした様子で、口調も荒かった。そしておもむろに、ロシアから逃げ出さなくてはいけないと言い出した。さもなければ早晩、自分は自殺したことにされるというのだ。

そこでフォーゲルは、ロドチェンコフにロサンゼルスまでの往復航空券を買ってやった。2人とも、帰りのチケットは使わずに終わると知っていたけれど。ロドチェンコフは自宅を取り巻く監視の目をかいくぐり、どうにか飛行機に乗り込んで、ロサンゼルスにやって来た。

ロドチェンコフと落ち合ったフォーゲルは、「彼がロシア版のスノーデンであることに気が付いた」と言う。米政府の極秘情報を暴露して、ロシアに保護されている元CIA職員エドワード・スノーデンのように、ロドチェンコフは「核兵器級の情報」を持ち出してきた。

そのハードディスクの中には、ロシアがソチ冬季五輪とそれ以降のスポーツ競技大会で、不正を働いてきたことを示す文書が数千件も収められていた。ロドチェンコフはそれを破棄するつもりだったが、いつ自分が罪を着せられるか分からなかったため、保険として持ち出してきたのだ。

とはいえ、アメリカに来ても、ロドチェンコフの身の安全が保証されたわけではない。ロシア反ドーピング機関のトップだった旧友ニキータ・カマエフが「急性心不全」により死去したというニュースが伝わると、ロドチェンコフは恐怖に震えた。カマエフは、不正を告白するつもりだと言っていたのだ。

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