最新記事

アメリカ社会

スタンガンは本当に安全? 米国で多数の死亡例報告

2017年9月10日(日)17時56分

8月22日、ロイターの調査によれば、警察がテーザー銃を使用した後で対象者が死亡する事故が全米で1005件起きていた。写真は、夫を亡くしたナンシー・シュロックさん。米カリフォルニア州で7月撮影(2017年 ロイター/Mike Blake)

裏庭をうろうろと歩きながら椅子をひっくり返し、悪魔の名前を叫ぶ夫の声を聞いて、ナンシー・シュロックさんは彼が急速に崩壊しつつあるのが分かった。そこで、911に緊急通報した。

「彼を入院させないと。本当に、本当にひどい状態なの」。彼女は緊急通報先の担当者にそう説明した。それは、2012年6月のある木曜日、午後10時24分のことだった。

夫のトム・シュロックさん(57)は、35年間の結婚生活を通じ、うつ病や時に薬物問題に苦しんでいた。3年前に長男がヘロインの過剰摂取で死亡してからは、躁状態におけるトムさんの発作がひどくなり、警察は、ロサンゼルスの東に位置する農園風の自宅を12回以上訪れていた。これまでトムさんは、病院に搬送されて投薬を受け、72時間ほどで自宅に帰されることが常だった。

だが、この時は違った。

通報を受けた担当者は、トムさんのケースを「武装していない、精神的な問題を抱えた男が関わる騒ぎ」だと分類し、3人の警察官がやってきた。ナンシーさんが母屋を通って裏庭に3人を案内すると、ベテラン警察官のサンティアゴ・モタ氏は、「テーザー銃」と呼ばれるスタンガンを抜いた。それは一般的に、離れた位置から2本のワイヤーにつながれた電極針を対象にガス圧で発射し、電流で制圧するものだ。

警察官が家の裏口から庭に出てくるのを見たトムさんは、大股で近寄ってきた。腕は体の横にあり、拳を握っていた。警察官が止まるよう指示しても、トムさんは「出ていけ」とつぶやきながら、なお近づいた。

モタ氏が、テーザー銃を発射した。

トムさんは体をよじり、庭の奥に後ずさって行った。モタ氏が追いかけ、今後はトムさんの胸にあて再度発射した。

トムさんはその場に崩れ落ち、苦しそうにしていたが反応がなくなった。彼が意識を回復することはなかった。

「私は、救助を求めて電話したのに」と、ナンシーさんは言う。「彼を殺すために、呼んだのではない」

地元当局の検死官は、トムさんの死因について、「司法当局の介入」を受けた心停止により、脳への酸素が不足したことによる「複合的要因」だと結論付けた。また、第1の要因として、スタンガンの使用をあげた。

シュロック家は、地元警察とテーザー銃の製造元、テイザー・インターナショナルを提訴。スタンガンは本質的に危険なものであるのに対して、警察当局が、精神的な問題を抱えた人に使用するリスクについて、警察官への十分な訓練を怠ったとして、賠償を求めた。

地元自治体は、50万ドル(約5500万円)を家族に支払うことで和解した。スタンガンの製造元を相手取った訴訟は6月に棄却された。和解金が支払われたかは明らかになっていない。

全米で警察によるテーザー銃の使用が広まるなか、シュロックさんの事件のような展開は、ありふれた話になりつつある。それは、テーザー銃の使用により意図せぬ死者が出て、損害賠償請求が行われる、というものだ。

だが、精神症状のある患者が死亡し、複合的死因についての捜査が行われ、この銃使用の正当性について議論が交わされた今回のような事案は、より深い現実を反映している。

トム・シュロックさんの悲劇は、これまで全米でテーザー銃によって引き起こされた多数の死亡例の中の1つに過ぎないことが、ロイターが行った、同型スタンガン使用による死亡事故と訴訟についての過去に例のない調査によって明らかになった。

ロイターの調査によれば、警察がテーザー銃を使用した後で対象者が死亡する事故が全米で1005件起きていた。ほとんどが、2000年代の初頭以降に発生している。この調査は、同スタンガンを巡る死亡例調査では、これまでで最も網羅的なものだ。

死亡者の多くは、社会的弱者だ。4人に1人が、トムさんのように精神症状による錯乱状態にあったり、精神疾患を抱えていた。全体の9割が武器を所持していなかった。また、100件以上が、救急医療を求める911番通報から始まったものだった。

ロイターの調査で判明した死亡事故の多くでは、テーザー銃の使用状況を詳細に把握することは不可能だった。たが、裁判資料で比較的詳細な経緯が分かる400件超を分析したところ、4件に1件について、警察が使ったとされるのはテーザー銃のみだった。その他では、同スタンガン以外の強制力が行使されていた。

警察のテーザー銃使用による死亡例について、政府は統計を取っていない。公的な検死解剖が行われない州もある。また、検死官や医療検査官は、死因とスタンガンの影響を評価するのに様々な基準を使う。その結論も、詳細で厳密なものから、薄く不透明なものまで、表現に幅がある。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ビジネス

日経平均は小幅続落で寄り付く、ハイテク株安い

ワールド

コンゴでクーデター未遂、首謀者殺害・米国人含む50

ビジネス

大和証G、27年3月期経常益目標2400億円以上 

ワールド

ロシア裁判所、ドイツ銀とコメルツ銀の資産差し押さえ
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の「ロイヤル大変貌」が話題に

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    米誌映画担当、今年一番気に入った映画のシーンは『…

  • 5

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 6

    「裸に安全ピンだけ」の衝撃...マイリー・サイラスの…

  • 7

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 8

    「すごく恥ずかしい...」オリヴィア・ロドリゴ、ライ…

  • 9

    中国の文化人・エリート層が「自由と文化」を求め日…

  • 10

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 9

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイ…

  • 10

    「隣のあの子」が「未来の王妃」へ...キャサリン妃の…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中