最新記事

いとうせいこう『国境なき医師団』を見に行く(ウガンダ編)

風呂に入れさせてもらえないか──ウガンダの難民キャンプで

2017年7月4日(火)17時30分
いとうせいこう

するとおじさんは両手で何かをすくって肩にかける仕草をしながら、聞き取れない単語を繰り返す。聞いていた3人の女性陣も、それをよりきれいな発音で伝えようとするのだが、いかんせんよくわからない。


「ウェア・ユー・ベーシング?」

何度も聞いてようやく、どこで風呂に入っているのかと俺に聞いているのだとわかった。しかし意図はまだ不明だった。俺はとりあえず答えた。

「遠くのカラテペです。11時間くらい行ったところの」

するとダウディおじさんはがっくりと肩を落とし、首を弱々しく振ったあと、もう一度何かを振りしぼるように顔を上げた。

「今日はどこで入るんだ?」

「えっと、たぶんビディビディまで行って、MSFの施設かどこかで、だと思いますが」

おじさんはビディビディと聞いてまた悲しい目をしたが、そのまま俺を見つめて嘆願した。


「わたしもその風呂に入れさせてもらえないか。ずっとまともに体を洗っていないんだよ。君と一緒に移動して、そこで入れればどんなにありがたいか」

俺は答えに詰まった。ビディビディまで1時間以上かかるはずだった。そこからこのインデピまで戻る時間もおそらくない。それどころか自分がどんな場所に宿泊するのかさえ、本当のところ知らなかったし、そこにシャワーがあるかどうかも不明だった。谷口さんに聞こうにも、彼女はどこか別の場所で別のインタビューをしていた。


「出来ません。すいません。遠いんです。つれて行けないんです」

女の子たちもそこには一切口を出さずにいようとしていた。俺はおじさんの目をずっと見ているつもりだったが、その充血した青灰色の目が心の底からの願いを訴えているのがわかるだけに、とうとう下を向いてしまった。

「すいません」

もう一度そう言うと、おじさんもまたもう一度言った。

「ずっとまともに体を洗っていないんだよ」
と。

俺は黙ってうなずくしかなかった。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエルとイランの対立拡大回避に努力=

ワールド

G7外相、ロシア凍結資産活用へ検討継続 ウクライナ

ビジネス

日銀4月会合、物価見通し引き上げへ 政策金利は据え

ワールド

アラスカでの石油・ガス開発、バイデン政権が制限 地
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離れ」外貨準備のうち、金が約4%を占める

  • 3

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の衝撃...米女優の過激衣装に「冗談でもあり得ない」と怒りの声

  • 4

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 5

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 6

    中ロ「無限の協力関係」のウラで、中国の密かな侵略…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    「イスラエルに300発撃って戦果はほぼゼロ」をイラン…

  • 10

    日本の護衛艦「かが」空母化は「本来の役割を変える…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    NASAが月面を横切るUFOのような写真を公開、その正体は

  • 4

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 5

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 9

    帰宅した女性が目撃したのは、ヘビが「愛猫」の首を…

  • 10

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中