最新記事

BOOKS

震災1週間で営業再開、東北の風俗嬢たちの物語

2016年5月2日(月)10時35分
印南敦史(作家、書評家)

 そして事実、お客さんは総じて震災前よりもやさしくなったのだという。以前はガツガツしている人が多かったのに、元気がないというか、ふんわりした人が増えたというのだ。そんなところからも、ひとりひとりがそれぞれの傷を負っていることが想像できる。だとしたら、「デリヘルを呼ぶ間だけは楽しみたい」と思ったとしても、それは責められるべきではないだろう。

 しかし当然のことながら、それはデリヘルに連絡してくる客の側だけの問題ではない。先の19歳の学生の例がそうであるように、風俗嬢もまた被害者なのだ。


「もう人生観が百八十度変わりました。友達は一緒に連れて逃げようとしていた子供を、津波に呑まれて亡くしちゃうし......」(54ページより)

 2011年5月の取材でこう語っていた26歳の主婦、アヤさんは、翌年の取材時にはこのように語っている。


「なんか五月の終わり頃から、人がいっぱいいる場所に行くと息苦しくなったりというのがあったんですね。あと、車の運転中にめまいがしたり、いきなり涙が出てきて止まらなくなったりもしてたんです。それである日、夫に『なんか変だ』って言われたんですよ。私がテレビの前でなにもせずボーッとしていたらしいんです。放心状態みたいな感じだったって......」(99~100ページより)

 どう考えてもPTSDの症状であるだけに、その言葉は心を深くえぐった。間違いなく彼女たちも被害者なのだ。そこが、本書における重要なポイントである。

 しかしそのいっぽう、「ああ、この人はだめだな」と感じざるを得ないような風俗嬢が本書に出てくることも否めない。とはいえ、それは余計なお世話というもので、たとえ震災からなにも学んでいないように見えたとしても、相応の"なにか"を背負っているであろうことは事実なのだ。だからこそ読者であるわれわれは、彼女たちが言葉にし切れなかった思いをも、行間から感じ取る必要があるのではないだろうか?

 本書を読んでいるさなかに、熊本地震が起こった。なんだか、いやな偶然だなと感じた。しかしそのぶん、本書から感じたことはしっかりと心にとどめておこうと思っている。


『震災風俗嬢』
 小野一光 著
 太田出版

[筆者]
印南敦史
1962年生まれ。東京都出身。作家、書評家。広告代理店勤務時代にライターとして活動開始。現在は他に、「ライフハッカー[日本版]」「Suzie」「WANI BOOKOUT」などで連載を持つほか、多方面で活躍中。2月26日に新刊『遅読家のための読書術――情報洪水でも疲れない「フロー・リーディング」の習慣』(ダイヤモンド社)を上梓。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 8

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 9

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中