最新記事

トルコ

遺跡ナショナリズムの正論と暴論

発掘調査や展示品貸し出しの拒否をちらつかせ、欧米に流出した古代遺物の返還を迫る政府の欺瞞

2012年6月29日(金)14時53分
オーエン・マシューズ(イスタンブール)

政治の道具  トルコには世界的に貴重な遺跡がたくさんあるが(イズミールにある古代ギリシャの遺跡) Osman Orsal-Reuters

 1878年、ドイツの建築家カール・フーマンは、当時のオスマン帝国のスルタン(君主)から正式な許可を得て、トルコ西部ベルガマの丘陵地帯で遺跡発掘作業を始めた。紀元前3〜2世紀頃に栄えた古代都市ペルガモンがあった場所だ。

 フーマンが発掘した遺物の1つが「ゼウスの大祭壇」。ギリシャ神話の神々と巨人たちの戦いをテーマにした浮き彫りが特徴の巨大な祭壇だ。大祭壇はスルタンの許可を得てドイツに運び出され、この遺物を収納するためにベルリンに建設されたペルガモン博物館に今日まで所蔵されている。

 そしてフーマン以降およそ130年間、ドイツの考古学者たちはペルガモン遺跡の丁寧な発掘作業を続けてきた。

 何世代も続いてきたこの学術研究活動が今、危機に直面している。トルコ政府は、国外に流出した古代遺物の返還を声高に要求して国民のナショナリズムに訴え掛け、人気を取ろうと決めたらしい。遺物返還を実現するために、外国の研究チームや博物館・美術館に圧力をかけ始めている。

 特に最近1年間、トルコ文化観光省は国外の考古学チームの発掘許可を停止すると脅すなど、強硬な態度に出ている。この春にはニューヨークのメトロポリタン美術館、ロンドンの大英博物館とビクトリア・アンド・アルバート美術館に遺物数点の貸し出しを許可しないと通告。これらの美術館・博物館は展覧会の延期や、展示作品の変更を余儀なくされた。

「恐喝以外の何物でもない」と、欧米のある博物館の学芸員は言う(トルコ側との将来的な関係改善を期待して匿名を希望)。「遺物を返還させるために、国際的な考古学研究の継続を脅かしたり、国際的な文化理解を高めるための重要な展覧会を妨害したり」することは、「完全に反倫理的だ」。

スフィンクス奪還の力業

 対するトルコ側はまったく後ろめたさを感じていない。「中東とバルカン地域で最大というだけでなく、世界最大の博物館を造るのが私たちの夢だ」と、エルトゥールル・ギュナイ文化観光相は言う。トルコ建国100周年に当たる2023年に、首都アンカラに巨大な博物館を開設する計画があるのだ。「最近では不法に国外に持ち出された遺物を取り戻すことに成功しており、非常に満足している」

 トルコには、盗掘されたり、密輸されたりした遺物の返還を求める正当な権利がある。この点では、世界の考古学関係者の意見は一致している。

 98年以降、トルコに返還された盗品の遺物は4500点余りに上る。昨年は、ボストン美術館が1800年前の「疲労したヘラクレス」像の上半身部分を自発的に返還した。1980年に発掘されて不法に持ち出されたものを、ボストン美術館が盗品と知らずに購入していたのだ。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

企業向けサービス価格、4月は前年比2.8%上昇 伸

ワールド

大型サイクロン上陸のバングラ・インドで大規模停電、

ワールド

EU、競争力強化に「著しい努力必要」 独仏首脳が連

ビジネス

中国の不動産市場支援策、小規模都市の銀行にリスクも
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
特集:イラン大統領墜落死の衝撃
2024年6月 4日号(5/28発売)

強硬派・ライシ大統領の突然の死はイスラム神権政治と中東の戦争をこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像をウクライナが公開...シャベルで応戦するも避けきれず

  • 2

    少子化が深刻化しているのは、もしかしてこれも理由?

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発…

  • 5

    カミラ王妃が「メーガン妃の結婚」について語ったこ…

  • 6

    汎用AIが特化型モデルを不要に=サム・アルトマン氏…

  • 7

    エリザベス女王が「誰にも言えなかった」...メーガン…

  • 8

    台湾を威嚇する中国になぜかべったり、国民党は共産…

  • 9

    プーチンの天然ガス戦略が裏目で売り先が枯渇! 欧…

  • 10

    トランプ&米共和党、「捕まえて殺す」流儀への謎の執…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    ロシアの「亀戦車」、次々と地雷を踏んで「連続爆発」で吹き飛ばされる...ウクライナが動画を公開

  • 3

    「なぜ彼と結婚したか分かるでしょ?」...メーガン妃がのろけた「結婚の決め手」とは

  • 4

    自爆ドローンが、ロシア兵に「突撃」する瞬間映像を…

  • 5

    ウクライナ悲願のF16がロシアの最新鋭機Su57と対決す…

  • 6

    黒海沿岸、ロシアの大規模製油所から「火柱と黒煙」.…

  • 7

    戦うウクライナという盾がなくなれば第三次大戦は目…

  • 8

    能登群発地震、発生トリガーは大雪? 米MITが解析結…

  • 9

    「天国にいちばん近い島」の暗黒史──なぜニューカレ…

  • 10

    娘が「バイクで連れ去られる」動画を見て、父親は気…

  • 1

    半裸でハマスに連れ去られた女性は骸骨で発見された──イスラエル人人質

  • 2

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 3

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

  • 10

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中