最新記事

外交

欧米の欲につけ込んだカダフィの謀略

2011年10月21日(金)14時17分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

独裁者を国賓として歓待

 テネット元長官やそのほかのCIA関係者によると、CIAでクーサの主な交渉相手だったとされるスティーブン・カッペスは、CIA副長官まで上り詰めた(10年に突如退任した)。

 大手石油会社も潤った。リビアで最も広大な油田を確保したのはアメリカのオクシデンタルだったが、とりわけ大きな成果を手にしたのは、BPとイタリアのエネルギー会社ENIだ。リビア産原油の約80%はイタリアが輸入しており、ベルルスコーニはこれまで11回にわたってカダフィを国賓としてローマに招いて温かく歓迎してきた。

 原油相場が高騰すると、カダフィ一家は持て余すほどの富を手にし始めた。06年には、ほかの有力産油国をまねて政府系ファンドを創設。フィナンシャル・タイムズ紙やエコノミスト誌を傘下に収めるイギリスのメディア大手ピアソン、有力な金融機関、さらにはイタリアの人気サッカーチームのユベントスに至るまで、実にさまざまな企業の株式を取得した。

 しかし00年代末になると、クーサが入念に築き上げた砂の城の土台がほころび始めた。カダフィ親子の言動にますます歯止めが利かなくなってきたのだ。

キーパーソンの次の動き

 親子の暴走がついに決定的なレベルに達したのは、09年。スコットランドで収監されていたリビアの元情報部員アブデル・バセト・アリ・アルメグラヒが前立腺癌末期で、余命3カ月かもしれないとの診断が下った。アルメグラヒはパンナム機爆破事件で有罪判決を受けた唯一のリビア情報機関員で、終身刑を言い渡されて服役していた。

 リビア側は、英国内の刑務所に収監されている服役者の帰国を望むとの意向を示した。その頃、リビア政府は、BPとの大掛かりな石油関連の契約締結をストップしていた(前述のとおり、BPには元MI6のマーク・アレンが勤めていた)。

 結局、アルメグラヒがリビアに帰還し、英雄として熱烈な歓迎を受ける一方、BPの9億ドル規模の契約は無事まとまった。セイフは取引があったことを隠そうとせず、アルメグラヒの釈放問題は常に議題に上っていたと述べていた。

 この過程でクーサがどのような役割を果たしたかは分からない。はっきりしているのは、パンナム機が爆破された当時、クーサがリビア情報機関のナンバー2で、アルメグラヒがその部下だったことだ。

 そのとき部下の行動に賛成したにせよ反対したにせよ、クーサは09年に外相に抜擢された。それ以降は活発に動き回るというより、表舞台に活動の場を移して外相としての型どおりの行動にほぼ終始していた。

 今回の騒乱でリビアの人々が立ち上がって間もない時期、クーサはウィリアム・ヘイグ英外相らの電話に応じていた。しかし米国務省によると、今は本人に電話がつながらないという。

 リビアの体制維持を断念したということなのか。それとも、自分が得意としてきた情報工作と裏取引の世界に戻って、活発に動いているのか。そして、欧米諸国は今でもクーサを交渉相手として認めているのか。

 これらの問いに答える手掛かりが1つある。米財務省は、数十人のカダフィ一族や側近の資産を凍結する措置を打ち出しているが、その対象にクーサは含まれていない。

 長期間にわたりカダフィ体制を延命させてきた実績を持つクーサのことだ。今度は自分自身の延命のために、欧米と取引をまとめていても意外でない。

[2011年9月 7日号掲載]

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官解任し国連大使に指

ワールド

米との鉱物協定「真に対等」、ウクライナ早期批准=ゼ

ワールド

インド外相「カシミール襲撃犯に裁きを」、米国務長官

ワールド

トランプ氏、ウォルツ大統領補佐官を国連大使に指名
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ウクライナ戦争は終わらない──ロシアを動かす「100年…
  • 5
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 6
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新…
  • 7
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 8
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 9
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 10
    朝1杯の「バターコーヒー」が老化を遅らせる...細胞…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 7
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 8
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来…
  • 9
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 10
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 9
    クレオパトラの墓をついに発見? 発掘調査を率いた…
  • 10
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中