最新記事

イラク

イラク新政権発足にイランの影

総選挙でスンニ派勢力に負けたマリキ首相が、シーア派イランの介入で何とか続投にこぎつけそうだが

2010年11月12日(金)17時17分
ババク・デガンピシェ(ベイルート支局長)

前途に火種 マリキは治安を回復させられるか Thaier al-Sudani-Reuters

 イラク総選挙から8カ月あまり、ようやく新政権発足への光が見えてきた。11月10日夜に行なわれた7時間にも及ぶマラソン協議の末、この国の気まぐれな政治家たちは、現職のヌーリ・マリキ首相の続投で合意した。合意に至る前の約10日間、バグダッドやカルバラでは爆破テロや銃撃戦が相次ぎ、多数のイラク人が死亡。政情不安による宗派間抗争の再燃を危ぶむ声も聞かれていた。

 3月の総選挙の後、マリキは自ら率いるシーア派政党が最多議席を得られなかったにも関わらず、首相職に固執しようとした。しかし、マリキを強権的な政治家だと非難するスンニ派とシーア派の両方から強い反対を受けた。それゆえ今回の合意は、4年前に首相に選ばれるまでイラク政界で無名に近い存在だったマリキにとっては大きな勝ち星だ。

 また、マリキの最大の後ろ盾であるイランにとっても吉報に違いない。「(イランにとって)これは勝利だ」と、クルド人国会議員のマフムード・オスマンは言う。イランは総選挙前から、マリキに対して首相続投の可能性を高めるためにシーア派の主要政党「イラク国民同盟(NIA)」と合併するよう強く推していた。マリキはこれを拒否したが、イランとの密な関係は隠さなかった。先月は堂々とイランを訪問し、イランの最高指導者アリ・ハメネイ師やマフムード・アハマディネジャド大統領、その他の大物らと会談した。

最多議席数でも締め出されたスンニ派

 さらに先月、イラクのシーア派の過激派指導者ムクタダ・アル・サドル師が、予想に反してマリキ支持に転向した背景にもイランの動きがあったとみられる。マリキがサドルの支持を取り付けたことで、こう着状態にあった新政権樹立交渉が進展し始めた。

 サドルは、自身が率いる民兵組織マハディ軍が07〜08年にマリキのイラク軍から掃討攻撃を受けて以来、マリキに対して深い憎悪を抱いている。07年よりイランで暮らすサドルはイランの指導部に説得され、サドル師派の39議席をマリキの続投支持に回した。マリキの勝利に重要な39票だった。

 シーア派のイラン指導部はまた、総選挙で主にスンニ派からの支持を受けて最大議席を獲得したイラク国民運動(イラキヤ)を率いるアヤド・アラウィ元首相を締め出すことに成功した。イラキヤの代表団は選挙後にイランを訪れたが、アラウィは同行しなかった。今回の合意で、アラウィは内務省や防衛省を監督するとみられる新機関「国家戦略政策会議」の議長に就任したが、具体的にどこまで権限を掌握できるのかはまだ分からない。

 このほか、イラキヤからはスンニ派のウサマ・ナジャフィ議員が国会議長に選ばれた。またクルド人勢力は、ジャラル・タラバニ大統領の留任で、影響力を確保した。

 10日の協議では、どの大臣ポストをどの政党に振り分けるかといった厄介な話にまでは突っ込まなかった。それでも、アラウィをはじめとするイラキヤの議員らの強い要望で、「正義と説明責任法」(サダム・フセイン元大統領のバース党勢力の活動を制限する法律)の改正が合意された。イラキヤの議員たちはこの法律によって、同党の大物議員数名が総選挙前に立候補を禁じられ、不当な扱いを受けたと主張していた。

勢力を盛り返しつつある過激派

 今回の合意内容はまだ暫定的な点もあり、今後修正が加えられる可能性もある。さらに言えば、この合意をひっくり返すことのできる勢力も存在する。イラキヤのスンニ派支持者だ。自分たちは、アラウィの手によってイランの後押しを受ける政府に「売られた」のだと感じれば、多くのスンニ派が新政権発足への支持を取り下げ暴徒に走るだろう。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

イラン戦争は2週目に、トランプ氏「無条件降伏」求め

ビジネス

アングル:欧州で若者向け住宅購入の新ビジネス、価格

ワールド

焦点:道半ばの中国「社会保険改革」、企業にも個人に

ワールド

昨年の関税合意実施を米と確認、日本が不利にならない
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗雲...専門家「イランの反撃はこれから」「報道と実態にズレ」
  • 2
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 3
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 4
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 5
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 6
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 7
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園…
  • 8
    【WBC】侍ジャパン、大谷翔平人気が引き起こした球場…
  • 9
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 10
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中