最新記事

中東

オバマはアラブ世界に謝罪するのか

イスラム文化の拠点カイロでスピーチをするオバマ大統領は互いの価値観を認め合う重要性を語るべきだ

2009年6月2日(火)17時26分
クリストファー・ディッキー(中東総局長)

融和の象徴 来訪を待ちわびるカイロ市民に向けてオバマは何を語るのか Amr Dalsh-Reuters

 6月4日、バラク・オバマ米大統領はエジプトのカイロ大学で大観衆の前に立ち、イスラム世界に向けてスピーチをする。そのとき、オバマの口から謝罪の言葉は発せられるのだろうか。

 アラブの土地を占領したイスラエルを、自分の前任者たちが盲目的に支援してきたことに対して償いを申し出るのか。1953年にイランの民主政権を倒したクーデターにCIA(米中央情報局)が関与していた件について、許しを請うのか。それとも、民衆に直接語りかけ、アメリカが何十年もの間、アラブの独裁者たち(エジプトの現政権を含む)をサポートしてきたことを謝罪するのか。

 そんなことにはならないだろう。専門家も、オバマは謝罪を口にすべきではないと考えている。

「誰が何について謝るのか、どんな言葉を使うのかといった議論は、事態を行き詰まらせ、さらなる敵意をかき立てる」と、カーター政権で大統領補佐官(国家安全保障問題担当)を務めた政治学者のズビグニュー・ブレジンスキーは数週間前、私に語った。

金品を提供しても反感を買うだけ

 実際、アメリカだけが謝罪しても意味がない。長年、自爆テロを支援し、80年代にテヘランやベイルートでアメリカ人を人質にしたことをイランが謝るだろうか。テロ攻撃を繰り返し、何の罪もないイスラエル人を殺戮してきたことを、パレスチナ人が後悔するだろうか。
 
 とはいえ、中東和平交渉において最も重要な要素は言葉、つまり社会人類学者のスコット・アトランが言う「宗教的な価値観」に基づく「道義的な論理」かもしれない。それはときとして、要するに「謝罪の言葉」である。

 アトランが言うように、これは理屈ではなく、原理主義以上に原理的な問題なのだ。複雑に入り組んだ中東問題の中核には、威厳と尊敬を守りたいというニーズ、自身の存在と正当性を認められたいという切望がある。

 こうした問題には、費用対効果を考える従来の発想は通用しないと、アトランは指摘する。彼が社会心理学者のジェレミー・ジンジェスとともにイスラエルとアラブの指導者層や大衆に広くインタビューした結果、膠着状態の原因となっている強硬派は、カネや物資を提供するという申し出に対して怒りと反抗心をさらに募らせることがわかった。

「平和と共存のメリットを示すために巨額が投じられてきたが、両陣営とも相変わらず戦いを選んでいる」と、ガザ地区での戦闘が激化した今年始めにアトランとジンジェスは記している。

 選挙の際にも、アトランが指摘する「目に見えない」要素の重要性は変わらない。近年、アラブ諸国やイラン、イスラエルなどで過激派政党が躍進しているのは、彼らが感情的、精神的な問題を真正面から訴えているからだ。

 パレスチナでは2006年、占領と腐敗に負けず、抵抗を続け威厳を守ろうと訴えたイスラム原理主義組織ハマスが総選挙を制した。今週末に行われるレバノンの総選挙で、イスラム急進派組織ヒズボラが主導する野党連合が予想どおりの勝利を収めるとすれば、カラシニコフ銃の紋章を掲げたプライドと抵抗の旗が鍵を握るだろう。

 6月12日のイラン大統領選でマフムード・アハマディネジャドが再選されるとすれば、核放棄を求める国際社会の圧力に屈しない姿勢が国民に支持されたおかげだろう。

 イスラエルは直接対話に応じる前提条件として「存在する権利」を認めるよう長年要求しており、その条件を飲まないハマスとの対話は今も途絶えている。だがイスラエル国内では、アビグドル・リーベルマン外相率いる極右政党「わが家イスラエル」が、アラブ系住民にユダヤ国家への忠誠を誓わせることを提案した。

 この提案はネタニヤフ政権に却下されたが、イスラエルが「ユダヤ教の民主国家」でないと文書で書いた者に懲役1年を課すという法案は通過。また、イスラエルが建国を宣言した1948年の独立記念日(パレスチナ人にとっては故郷を追われた「ナクバ(大災害)の日」)に喪に服した者には、懲役3年が課せられることになった。

 ハーレツ紙をはじめとするイスラエルのメディアは、人口の20%を占めるアラブ系住民への「人種差別キャンペーン」だと非難した。だが一連の動きは、イスラエル側の宗教的な価値観だけが一方的に尊重される長年の伝統の表れだ。

ゼロサムゲームの発想を捨てろ

 ベンヤミン・ネタニヤフ首相は93年に発表した著書のなかで、「文化も歴史も政治的価値観もまったく異なることを無視して、アラブ人がイスラエルと同じ感情をもつと考える傾向」を非難した。

 ネタニヤフに言わせれば、アラブ人はイスラエル人ほど「戦争を嫌って」おらず、どんな「和平」も真の意味で紛争を終結させることはないという。「アラブ人の根底に流れる敵意を変えなくてはならない」

 最近のネタニヤフは経済支援によってパレスチナ側の憎悪をなだめようと提唱しているが、アトランの研究を見れば、そうした政策は侮辱でしかない。

 必要なのは、相手に譲歩することで自身の道義的な価値観が損なわれるというゼロサムゲームの発想を、すべての陣営が捨てることだ。オバマなら、この手の教訓を伝えるのは得意だ。

 4日の演説でオバマは、どの地域の入植活動を停止すべきかといった和平戦略の具体策を語るかもしれない。だが、中心的なメッセージはより深いものになる可能性が高い。

 大統領選の最中、オバマはアメリカの人種問題について感動的なスピーチをした。アフリカ系アメリカ人に向かって「人種問題の古い傷を乗り越える」ことは「過去の犠牲になることなく、過去の重荷を受け入れる」ことだ、と語った。

 オバマがあらゆる立場の人に伝えたかったのは、「私の夢を犠牲にしなくても、あなたの夢をかなえることはできる」というメッセージだ。オバマがイスラム社会(とイスラエル)に向けて語るスピーチも、そうしたトーンになりそうだ。

 間違いを2つ合わせても、正しいものは生まれない、とよく言われる。だが今日の中東情勢では、すべての関係者が間違いを認めることが、正しい未来に向かう唯一の方法かもしれない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

スイス中銀、第1四半期の利益が過去最高 フラン安や

ビジネス

仏エルメス、第1四半期は17%増収 中国好調

ワールド

ロシア凍結資産の利息でウクライナ支援、米提案をG7

ビジネス

北京モーターショー開幕、NEV一色 国内設計のAD
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴らす「おばけタンパク質」の正体とは?

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    マイナス金利の解除でも、円安が止まらない「当然」…

  • 6

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 7

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 10

    ケイティ・ペリーの「尻がまる見え」ドレスに批判殺…

  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 4

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 5

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 10

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中