最新記事

BOOKS

吃音の人と向き合うときに知っておきたいこと

2019年1月21日(月)19時22分
印南敦史(作家、書評家)

そして読み進めるほど、知らなかったことの多さに驚かされもした。さまざまな事例が紹介されているのだが、「なるほど」と納得できることがとても多かったのである。

例えばいい例が、吃音の発症の原因について書かれた第2章で紹介されている研究結果だ。

紹介されているのは、2013年にオーストラリアで発表された「4歳になるまでの、吃音の自然発症率:前向き研究」(前向き研究:研究を立案、開始してから新たに生じる事象について調査する研究)という疫学研究の結果だ。1911人の子どもを生後8カ月から4歳まで追跡し、生育環境と吃音発症の関係について調べた前向き研究。この研究でわかったことは、大きく分けて次の3点だったのだそうだ。


1 子どもの性格・気質・感情面は、吃音発症に関係ない。
2 母親の精神状態は、子どもの吃音発症に関係ない。
3 吃音のある子は、他の子と比べて、言語発達が良い。(84ページより)

注目すべきは、この論文において吃音が「急激な言語発達の"副産物"である」と結論づけられている点だ。つまり吃音は、言語の発達面で劣っているから始まるのではなく、逆に、進みすぎているために始まることが示唆されているのである。


 だから私は、診察時、「なぜ、吃音が始まったのか」を本人に説明する際、
「君の頭の回転が速すぎて、口がついてこられなかったからだよ」
と言っています。すると、誇らしげな表情を見せてくれるお子さんがいます。吃音があることで、マイナスに感じることを最小限にしたい――それが私の臨床姿勢になっています。(85ページより)

どもることで笑われたり、驚かれたり、怒られたりしていると、「吃音は悪いこと、恥ずかしいこと」と思うようになっても無理はない。だから、あのときの左官屋さんのように、言葉少なになってしまう人は決して少なくないのかもしれない。

しかし「頭の回転が速すぎるから」という説明には説得力があるし、それは吃音に悩む子を勇気づけてもくれるはずだ。

そういう意味でも、周囲の理解が必要とされるのだろう。しかもそれは、吃音者が子供であっても大人であっても同じだ。事実、吃音者の多くは孤独感に苛まれているのだという。


 二〇一三年、北海道のある病院に勤めていた吃音のある男性看護師が、自ら命を絶ちました。看護師国家試験に合格した後、病院で働き始めて四カ月後のことでした。
 自分に吃音があることは職場には伝えていたものの、職場の無理解によって追い詰められていく様子が彼の手帳には記されていました。
「大声を出されると萎縮してしまう」
「話そうとしているときにせかされると、言葉が出なくなる」
「どもるだけじゃない。言葉が足りない。適性がない」
「すべてを伝えなければいけないのに、自分にはできない」
 同年七月、病院からの連絡で母親が駆け付けると、男性は自宅で死亡していました。携帯電話には、家族に宛てた未送信のメールが残っていました。
「相談せずに申し訳ありません。誰も恨まないでください。もう疲れました」
 この痛ましい事件は地元の北海道新聞はもちろんのこと、朝日新聞をはじめ全国紙でも大きく報じられ、社会的に高い関心を集めました。(188~189ページより)

孤独感の質もさまざまだろうが、特に思春期以降で多いのは、「人にツッコミを入れることができない」という悩みなのだそうだ。

今、あなたにオススメ

関連ワード

ニュース速報

ワールド

北朝鮮の金総書記、新誘導技術搭載の弾道ミサイル実験

ワールド

アフガン中部で銃撃、外国人ら4人死亡 3人はスペイ

ビジネス

ユーロ圏インフレ率、25年に2%目標まで低下へ=E

ビジネス

米国株式市場=ダウ終値で初の4万ドル台、利下げ観測
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた異常」...「極めて重要な発見」とは?

  • 3

    存在するはずのない系外惑星「ハルラ」をめぐる謎、さらに深まる

  • 4

    「円安を憂う声」は早晩消えていく

  • 5

    中国のホテルで「麻酔」を打たれ、体を「ギプスで固…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    無名コメディアンによる狂気ドラマ『私のトナカイち…

  • 8

    他人から非難された...そんな時「釈迦牟尼の出した答…

  • 9

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 10

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 3

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 6

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 7

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 8

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 9

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 10

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 6

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 7

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 8

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 9

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中