「ポスト黒田」に「植田新総裁」が望ましい訳──世界最高の経済学を学んだ男の正体
The Unexpected Man
新総裁の決断は日本経済の進む方向を大きく左右する(東京・日銀本店) YOSHIO TSUNODA/AFLO
<世界最高の経済学を学んだ植田和男が「ポスト黒田」に──10年続いたアベノミクスをどうすべきなのか>
日本政府は次期日本銀行総裁候補に元東京大学経済学部教授で、同行審議委員だった植田和男氏を指名した。初めての経済学者の総裁指名で、やや驚きをもって迎えられているが、黒田東彦総裁の今まで取ってきた緩和路線を大局的には継承する岸田内閣の決定は、望ましいものであると思う。日銀総裁は物価水準や雇用に直接影響を与える金融政策の責任者であり、金融やマクロ経済に対する最善の知識を持つことが望ましいが、植田氏は米マサチューセッツ工科大学(MIT)でおそらく世界最高と言ってよい教育を受けた学者である。
日本では、学者出身者が日銀総裁に選ばれることがなかったが、世界では米連邦準備理事会(FRB)や欧州中央銀行(ECB)の総裁にジャネット・イエレン、ベン・バーナンキ、マリオ・ドラギなど学者を体験した人物が多い。
しかも、バーナンキとドラギがそうであるように、MIT大学院卒業者が多く、植田氏の任命はこの伝統の上にある。植田氏の学んだMITの経済学大学院は、ボストンを流れるチャールズ川を見下ろすビルにあり、アメリカのトップ奨学金である全米科学財団(NSF)の奨学生の比率がもっとも高いという評判だった。私も客員研究員として在籍したが、忙しい教員が多く、質問に行く学生も自分の問題を短時間で直観的に説明できないと、「出直して来い」と言われるような緊張した雰囲気だった。
しかし、植田氏はいつも象牙の塔に籠もっていたわけではない。大蔵省財政金融研究所の主任研究官を経験し、日銀でも政策審議委員を7年間務めている。その意味で経済学の知見だけでなく、実際の政策経験もあり、財務省と中央銀行の微妙な牽制も実地で見ている。
植田氏は当初東大理学部で数学を専攻・卒業した後、経済学部に学士入学し、故・宇沢弘文教授の下で数理経済学を学んだ。
東大に帰任する前にシカゴ大教授だった宇沢氏は、多くが将来のノーベル経済学賞受賞者となる優秀な若手学者を各大学から呼び集め指導していた(私がアマルティア・セン、ジョセフ・スティグリッツ、ロバート・ルーカスなど経済学の巨人に初めて会ったのも宇沢氏の勉強会だった)。日本でも植田氏のほか、今回日銀総裁の有力候補だった雨宮正佳日銀副総裁、貸出における担保のマクロ的効果を解明した清滝信宏・プリンストン大教授などを育てている。