最新記事

経済統計

中国の成長率は本当は何パーセントなのか?

2015年10月6日(火)17時30分
丸川知雄(東京大学社会科学研究所教授・中国経済)

 一方、中国の統計の弱点は小売や物流などの第三次産業です。小売や物流も国有企業が担っていた計画経済時代にはきちんと統計をとっていたのですが、市場経済に移行して自営業や民間企業が小売や物流の担い手の中心になったのに統計の態勢の転換が追いついていません。中国は第3次産業がGDPに占める比率が46%しかなくて国際比較すると異様に低いのですが、これは第3次産業が未発達だからというよりも、第3次産業が統計によって十分に把握されていないからだと思います。

 人々の所得の状況も統計では十分に把握されていないようです。中国では汚職高官から一般庶民に至るまで多かれ少なかれグレーな収入があります。そうした収入は当然税務署には隠すわけですが、税務署に隠している収入を統計調査員に対して正直に報告するとは考えにくいです。

粉飾が疑われる工業成長率

 以上のような統計の特徴を反映して、GDPの計算は主に生産の側からなされております。なかでも農業と工業は生産側から付加価値額が把握されています。一方、第3次産業は生産側からの把握が難しいため、収入の側から、すなわちサービス業就業者の賃金やサービス企業の利益等から付加価値額が把握されています(国家統計局国民経済核算司編『中国年度国内生産総値計算方法』)。しかし、収入が過少報告されがちであるとすると、第3次産業の付加価値額も過小評価になっているはずです。

 さて、2015年1-6月のGDP成長率を産業別にみると農林牧漁業が3.6%、工業が6.0%などであったのに対して金融業が17.4%も伸びており、金融業のGDP成長に対する寄与率は21%でした。2015年上半期の株バブルの形成と崩壊を思えば金融業が仲介料収入によって急成長したのは理解できます。最も理解に苦しむのが工業の成長率(6.0%)です。実はGDPと同時に自動車、鉄鋼、電力など主要な27種類の工業製品の生産量の統計も発表されます。それを見ると、上半期に6%以上の成長を記録したのは4種類のみで、13種類の工業製品は伸び率がマイナスなのです。前述のように工業生産はかなり正確に把握されていますので、それと工業全体の成長率が矛盾しているとなると私は後者の方を疑います。

 工業成長率は付加価値の成長率なので工業製品の生産量の伸びと一致する必要は必ずしもないのですが、表に示したように2005-2014年の両者の伸び率を比べてみるとけっこう近いのです。ところが2015年上半期の主要工業製品の生産量の平均的な伸び率が1.0%であるのに対して工業成長率は6.0%と大きく乖離しており、粉飾が疑われます。

marukawa151006-02.jpg

 そこで、これまでの主要工業製品生産量の伸び率と工業成長率の関係を利用して、2015年上半期の前者の伸び率から後者の伸び率を推計しますと1.3%となります。これに基づき、他の産業に関する統計は正しいと仮定して2015年上半期のGDP成長率を求めると5.3%となるのです。今年9月上旬に2週間近く上海と広東省で企業経営者や経済学者から話を聞き、生産現場も見てきましたが、成長率5%台というのはその時の実感とも符合します。

[執筆者]
丸川知雄 1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991〜93年には中国社会学院工業経済研究 所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:米企業のCEO交代加速、業績不振や問題行

ビジネス

アングル:消費財企業、米関税で価格戦略のジレンマ

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    メーガンとキャサリン、それぞれに向けていたエリザ…
  • 8
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 9
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 10
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中