コラム

子供を殺された父親の「手紙」は日中友好につながるか?

2024年10月09日(水)16時40分
ラージャオ(中国人風刺漫画家)/トウガラシ(コラムニスト)
深圳

©2024 REBEL PEPPER/WANG LIMING FOR NEWSWEEK JAPAN

<深圳で日本人男子児童が中国人男性に襲われ死亡した事件は大きな衝撃を与えた。父親のものとされる中国語の手紙は大きな感動を呼んでいるが、一方的な善意だけで日中両国間の理解ができるだろうか>

中国で日本人が被害に遭う事件が相次いでいる。6月に東部・江蘇省の蘇州で日本人親子が中国人男性に刺傷される事件が発生してから3カ月もたたない9月18日、南部・広東省深圳で日本人学校に通う10歳の男子児童が中国人男性に襲われ死亡した。

その直後、父親が書いたという中国語の「手紙」が中国語SNS上で大量にシェアされた。中国も日本も恨まない、ごく一部のゆがんだ人の罪で両国関係が壊れることは望まない。その上で、これからも引き続き両国間の相互理解のため、微力ながら尽くしたい──という内容であった。


シェアした中国のリベラル派知識人たちは「本当に申し訳ない」「涙が止まらない」と投稿した。文明社会の日本だからこそ、徳をもって恨みに報いる人が存在すると彼らは信じている。

複数の信頼できる中国人ジャーナリストによると、手紙は本物だという。手紙は中国語で善意を伝えた上で、両国に寛容と理解も求めた。つまり、「日中友好」を促すとても好意的な内容であったが、不思議なことに中国では大量にシェアされるとともに、大量に削除もされていた。言うまでもなく、中国政府の「関係部門」でないと、こんなにも大量に削除できない。

この手紙は一方的な善意だけで、日中両国間の理解ができるか、という問題も提起した。

1972年の国交回復後の52年間を振り返れば分かる。79年以降、日本政府は中国沿海部のインフラ整備、環境対策、保健・医療の改善、人材育成などでODA(政府開発援助)を実施してきた。89年の天安門事件の後、最も早く経済制裁を解除した国も日本だった。しかし中国の回答は、長年にわたる反日教育と、あふれる反日映画・ドラマや反日ショート動画、全国的な反日デモ、そして極め付きが日本人学校の児童の殺害だ。

終戦後、旧満州に残された日本の子供たちは中国人に命を救われた。なぜこの平和な時代に、日本人学校の児童が連続して襲われたのか。本当に中国政府が言う「偶発事件」「個別事件」で、犯人だけが責任を負うべきなのか。明らかにそうではない。

価値観の全く違う国とは、友好どころか理解もできない。一方的に善意を示しても、せいぜいできるのは一時的な利益の交換だ。

ポイント

手紙
中国との貿易会社に勤務する日本人の父親が上司に宛てて書いたとされる。中国語で約900字。日本語版は確認されていない。

対中ODA
2020年度時点での累積支援額は、有償資金協力が3兆3165億円、無償資金協力が1576億円、技術協力が1858億円。北京の地下鉄や国際空港、各地の大型港湾施設がこの経済援助で造られた。

プロフィール

風刺画で読み解く中国の現実

<辣椒(ラージャオ、王立銘)>
風刺マンガ家。1973年、下放政策で上海から新疆ウイグル自治区に送られた両親の下に生まれた。文革終了後に上海に戻り、進学してデザインを学ぶ。09年からネットで辛辣な風刺マンガを発表して大人気に。14年8月、妻とともに商用で日本を訪れていたところ共産党機関紙系メディアの批判が始まり、身の危険を感じて帰国を断念。以後、日本で事実上の亡命生活を送った。17年5月にアメリカに移住。

<トウガラシ>
作家·翻訳者·コラムニスト。ホテル管理、国際貿易の仕事を経てフリーランスへ。コラムを書きながら翻訳と著書も執筆中。

<このコラムの過去の記事一覧はこちら>

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

クルスク州に少数のウクライナ兵なお潜伏、奪還表明後

ビジネス

ノルウェーのエクイノール、米風力事業中止で数十億ド

ワールド

北朝鮮、ロシア国境の架橋着工を評価 経済関係強化へ

ビジネス

トランプ氏、米経済縮小は「バイデン氏のせい」 関税
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    中居正広事件は「ポジティブ」な空気が生んだ...誰も…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    健康寿命は延ばせる...認知症「14のリスク要因」とは…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story