コラム

こんなはずではなかった「3.11からの5年間」

2016年03月10日(木)16時30分

 防潮堤の問題もそうです。甚大な津波被害を受けた沿岸部には、巨大堤防を作ってコミュニティを残す選択、高台移転をするかわりに堤防は簡素化して沿岸の自然を観光資源として再生するという選択もありました。ですが、多くの場所で、「巨大防潮堤」が建設される一方、高台移転も当初計画ほどには進んでいないようです。

 そんな中、「10メートル級」という巨大防潮堤が、沿岸部ではその姿を現しつつありますが、「人間が閉じ込められているようだ」とか「劇画『進撃の巨人』に出てくる壁を思い出す」といった感想も出ているようです。当然ですが、そのような感想が出てくるということは、「リアス海岸の自然」という観光資源が消滅したことを示しています。結果として、流出した人口の戻りは鈍くなる可能性が濃厚です。

 震災の直後に、「ルネサス・エレクトロニクス」の工場が被災して半導体の生産がストップしたことで、多くの自動車メーカーが「支援」に駆けつけたのが「美談」とされました。ですが、その後、同社の経営状態は行き詰まってしまい、現在では、規模も経営形態も震災前とはまったく別の姿となっています。

 ルネサスはどうして行き詰まったのでしょう? その生産能力が欠けては、世界の大手の自動車メーカーが困るほどの独自技術を持っていながら、下請けに甘んじることで、価格決定のイニシアティブが取れないことが原因でした。ですが、以降の5年間で、同様の問題は日本経済を揺さぶり続けたのです。弁解の余地はないにしても、タカタの問題には同様の構図があります。またシャープの誤算は、独自技術さえあれば部品産業として延命できるという「甘い見通し」を続けたからでした。

【参考原稿】<震災から5年・被災者は今(2)> 原発作業で浴びた放射線への不安

 原発、防潮堤、下請け部品産業、一見するとバラバラの問題に見えますが、一つの共通点があります。それは、現代の日本が「全体としての最適解」に到達しにくい社会だということです。

 原発の問題では賛成論と反対論が向き合って冷静な「考え直し」の議論をする仕組みは、このような事故を経験したにもかかわらず成立しませんでした。防潮堤については、賛成も反対も不明確なまま、既成事実として巨大堤防が地域の景観を激変させてしまっています。

 エレクトロニクス産業の「下請け化・困窮化」は、産業全体が世界の消費者と乖離してしまった結果ですが、個々がバラバラのサバイバルゲームを戦う中では、それが「最適解ではない」という「考え直し」をする余裕もないまま、追い詰められてしまっています。

 あの日から「5年」の節目にあたって、「こんなはずではなかった」という思いがどうしても消せないでいます。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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