コラム

安倍自民党の「インフレターゲット論」3つの問題点

2012年11月26日(月)11時24分

 3%というターゲットを設定した上で、インフレが進行するように金融緩和を思い切り行う、そうしてデフレを脱却し超円高を是正して成長トレンドを回復するという政策については、ここ1年ぐらい安倍晋三氏はかなり熱心に語ってきています。ですから本気といえば本気なのでしょうが、総選挙を前にしてここまでハッキリと政策として掲げてくるとは思いませんでした。

 結論から言えば、3つの問題点があるように思います。

 まず、外部環境がこの年末から年明けにかけて変化しつつあるという点です。例えばアメリカの場合は、これまでのFRB(連邦準備制度理事会)やオバマ政権は「QE(量的緩和)1からQE3」によってジャブジャブとドルをばらまいてきたわけです。その結果としてのドル安も容認し、ドル安による多国籍企業のドルベースでの利益の極大化というメリットも享受してきました。

 この問題に関しては、大統領選の争点になっていました。オバマに挑戦したロムニーは、自分が大統領になったら「金本位制」をやるぐらいの決意で「強いドル」を実現すると言っていました。これに加えて、流動性供給を続けたFRBのバーナンキ議長に関しては再任させないということも強く言っていたわけです。

 ではオバマが再選されたことで、この動きは止んでドル安政策が最低でもあと4年は続くのかというと、それは違うのです。まず、ガイトナー財務長官は来年1月一杯での退任が確定的のようですし、バーナンキ議長に関しては自分から2014年の再任は求めないという観測もあるようです。

 それ以前の問題として、バーナンキ議長は11月20日には「仮に『財政の崖』が問題に直面してもFRBは問題を緩和するためには動けない」という発言をするなど、今後も流動性供給を続けるかという点では「?」という姿勢にシフトしつつあるのです。つまり、アメリカのドル安政策は2013年の早期に「一段落」する可能性があるわけです。

 ドルと同時に中国の人民元についても、通貨政策が変わる、つまり2013年のどこかの時点で、習近平政権として切り上げに動いてくる可能性を考えるべきと思います。例えばですが、米中関係の「改善」という中での切り札になる可能性はあると思います。その際の輸出産業へのダメージに関しては巨大な景気刺激策で相殺してくる可能性もあります。

 結果的に、仮に2013年の前半にハッキリした「ドル安政策の終わり」「人民元高の容認」というトレンドが出てきた時に、日本がジャブジャブと流動性を供給していたら、為替市場の圧力は想定の範囲を突き破って思い切り円安に振れるでしょう。激しい円安になれば、3%という「ターゲット」は簡単に突破されてしまうと見るべきです。

 もう1つの問題は景気対策です。安倍総裁は「無駄遣いをしない姿勢は必要だが、デフレ脱却を優先すべきだ。やるべきことはやらなければならず、景気刺激型予算を組んで公共投資を増やし経済を成長させる」と言っているようです。いわゆる「国土強靭化計画」です。

 ですが、1990年から2009年まで、例えば小渕政権に代表されるように自民党は何度も何度も公共投資をやってきたわけです。にも関わらず、この20年はどう考えても「失われた20年」になっているというのは、要するに日本が「最先端の技術力と国際競争力を維持して、先進国の地位を維持する」という目的に適合した投資をしてこなかったからです。

 2009年の民主党(日本)は「コンクリートから人へ」というスローガンで公共投資を抑制しようとしましたが、公共投資そのものが悪いのではないのです。つまり、中長期的にリターンを生むのであれば、公共投資はやっていいし、やるべきなのです。問題は「失われた20年」において、自民党政権がやってきた「景気対策」が建設業界での一時的な需要発生と、維持費というコストの固定化というカネの流出を招きつつも、中長期でのリターンが取れていないことにあるのです。

 仮に、安倍総裁の言う「デフレ脱却」のための「国土強靭化」というものが、同じようにGDPの拡大に寄与しない「一過性の無駄遣い+維持費負担」になるのであれば、これは日本の財政を更に苦境に追いやるだけの政策だと言えるでしょう。

 勿論、全ての公共投資がリターンを生むようになるというのは幻想です。本当にリターンが確実であれば、民間が率先してやっているかもしれないからです。ですが、明らかに「小渕政権と同じ」ようなカネの使い方をするということになれば、結局は社会の閉塞感は改善されず、前向きにカネを使って行こうという動きは民間にも個人にも生まれないでしょう。

 3番目の問題は、仮に許容出来る範囲を越えて円安になった場合は、エネルギー政策が過渡期にあり、暫定的に大量の化石エネルギーの輸入を強いられている状況では、輸出産業に関しても円安メリットがエネルギーコスト高で相殺されてしまうということになります。

 そうなれば、円安のために企業が海外に逃げていくというトレンドが加速するでしょうし、一層の税収減と財政規律の劣化、その結果として更なる円売りという悪循環も想定しておかねばなりません。

 中にはハイパーインフレになれば、政府の負債は目減りする一方で、高齢者の資産も評価が下がる中で、世代間格差が緩和されるというような論調もあるようです。ですが、激しいインフレは、結局のところ国の基礎体力を大きく損ない、そのシワ寄せは若い世代にも来ることになります。いわゆる「ハードランディング(乱暴な着地)」になるわけですが、そこで改革ができなければ日本経済はハードランディングどころか墜落してしまうでしょう。

 勿論、景気の回復は待ったなしです。ですが、今はインフレターゲット論などというギャンブルをする時期ではないと思います。対中関係を改善して景気の足を引っ張らないようにすること、エネルギー政策を早く「多様化」という方向で落ち着かせること、TPP(環太平洋経済連携協定)など自由貿易の枠組みに積極的になる中で競争力のある産業で着実に稼ぐことといった、地道な努力を積み上げるべきです。そうした中で、貿易収支をプラスに戻し、景気回復基調に戻すことが求められるのだと思います。

<お知らせ>
ブログ筆者の冷泉彰彦氏がオバマ政権2期目の課題を展望する『チェンジはどこへ消えたか〜オーラをなくしたオバマの試練』(ニューズウィーク日本版ぺーパーバックス)が、先週発売されました。詳しくは当社サイトの書籍紹介ページをご覧ください。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

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