コラム

「ペイリンのリアリティーショー」予想外のヒットの秘密は何なのか?

2010年11月17日(水)09時18分

 アメリカのケーブルチャンネルの中に、TLCという局があって、元々は「ザ・ラーニング・チャンネル」という題名の通り、文化ドキュメンタリーや、医療ネタなどのマジメな番組が多かったのですが、最近は「リアリティーショー」、特にかなり柔らかい「男女の出会い」モノなどでティーンに人気があったりするのです。系列としては、ディスカバリーの下に位置づけられており、日本では悪名高い「クジラ戦争」で有名な「アニマル・プラネット」局などとも姉妹チャンネルということになります。

 そのTLCが「サラ・ペイリン一家」の「リアリティーショー」を毎週日曜に1時間枠のレギュラー番組としてスタートさせるというので、各ニュース専門局は先週後半にはニュース枠の中の「政治家の動向」という位置づけで番組のことを取り上げていました。各局に配られたビデオの予告編は「大自然の中の豪邸」や「アウトドアライフ」、そしてお決まりの「ライフル射撃」など、いかにも「アラスカのペイリン」がキャーキャー言っている映像ばかりでした。CNNにしても、NBCにしても主要なキャスターには民主党系が多いので、彼等は一様に「首をかしげる」ような姿勢で紹介をしていたのです。

 私は怖いモノ見たさもあって、途中から見始め、最初は2階の旧式のブラウン管TVで見ていたのですが、途中から階下へ行ってHD画像で見る羽目になりました。これは大変な番組でした。ペイリンは本当に60分間甲高い声で喋りまくりであり、家族も出っぱなし、そして雄大なアラスカの大自然がこれでもかと出てくるのです。子供たちも含めて一家でムース(カモシカ)の狩りに出かけ、大口径のライフルをぶっ放して薬莢をゴロゴロさせたかと思うと、ヘリコプターで氷河に下りて、冬山装備で氷河の横断をする、そしてクライマックスではマッキンリー山の中腹でロッククライミングに挑戦、そんな映像のオンパレードであり、予告編は間違ってはいませんでした。

 大変な番組というのは、まずその仕掛けが大がかりであること、HDでのアラスカの大自然の映像は確かに迫力があり、そこにこれでもかとペイリンが子供たちや夫のトッドに対して、そして視聴者に対してキーキー声でしゃべり続ける、そこには妙な説得力があるというのがまず一点。そして何よりも、いかにも「リアリティーショー」的な演出に、ペイリン一家が見事に乗っているということがあります。演出の施された「リアル」だと分かっていても、視聴者は「整理されお化粧されたリアリティー」を楽しんでしまえるようになっているわけで、仮にこれが政治キャンペーンだとしたら、かつてこれだけのスケールのものは見たことがありません。

 この番組、米ヤフーのホリー・バリー記者によれば、視聴数496万人でこのケーブル局の新番組としてはダントツの記録を作ったそうですが、四大ネットワークのメジャーなドラマの視聴数が1000万程度だということを考えると、日本で言えばゴールデンで10%を取るぐらいのインパクトがあったのではないかと思います。私は中間選挙の結果を見て、ペイリン人気の限界を感じたのですが、全米レベルの有権者としては、まだまだこの女性の影響力は残っている、今回の「新番組」の成功を見るとそう訂正せざるを得なくなったようです。

 では、どうしてこの「ペイリンのアラスカ」にアメリカ人の保守派は引き寄せられるのでしょう? まず「大自然の中のペイリン」という圧倒的な映像が「アンチ都会」のセンチメントをこれでもかと刺激するという点があります。大自然に敬意を抱き、その自然が美しければ美しいほど人間が謙虚になるとか、都会の生活に疲労しつつ知的な感性を持つ人間にも大自然の魅力が分かる・・・日本の自然観にはそうした感覚がありますが、これは全く別のモノです。

 粗暴なほどの大自然に対して開拓者はちっぽけな存在です。ですが、家族・宗教・武器の力を借りて、一生懸命頑張れば成功が待っている、ただその過程で、大自然に対抗する上で重要な家族・宗教・武器という価値を脅かす存在があれば、まずその敵と徹底的に戦う、そんな自然観です。どうして武器(番組の中では大口径のライフルとかヘリコプター)の使用が無制限に許されているかというと、それは人間が神から許された特別な存在だからであり、その人間がバクテリアや猿から進化したなどという都会やヨーロッパの無神論者は、正に自然と闘う自分たちを妨害する敵だというわけです。

 例えば、この一家に関して言えば、長女の妊娠騒動や婚約破棄と復縁騒動、長男の犯罪疑惑だとか、スキャンダルには限りがないのですが、スキャンダルがあるから「ダメな連中」だと考える層が多い一方で、スキャンダルと闘って家族を守っている「開拓者精神」に共感する層もあるのです。この番組に「ハマった」人々は、ジワジワとペイリン一家のファンにさせられていくでしょう。

 そうしたアメリカの開拓者が持っていた価値観は、実際の大平原つまり中西部では理念としては残っていても、生活の上では、大規模化し機械化された農業にしてもかつての自然との緊張感はありません。ある意味で、この「アラスカの大自然の中のペイリン」というのは、その開拓者精神の原風景を感じさせるのです。原風景というのは大自然と闘う姿勢を守ることで、その闘いが同時に自分たちの敵である都会のインテリに対して闘う、あるいは「訳の分からないイスラムや中国などの外敵」と闘う姿勢に通じるという意味です。

 人々はペイリンには統治能力が欠如していることは良く知っています。自分の外交体験は「アラスカから海峡越しにロシアを見ていた」だけだというペイリンは、現代の複雑な政治情勢も外交も経済も仕切れるような人物でないことも知っています。ですが、オバマのような「有能な」政治家でも、決して自分たちに「トクになる」ことはしてくれなかったし、自分たちの「名誉」も理解していない、ならばむしろグローバリズムという妖怪の支配する世界で被害の感覚を持っている自分たちのことを理解してくれる人間の方を信用しよう、それは大自然の中のペイリンだ、そんな感覚ということもできます。

 今週のオバマはAPECで中国との舌戦に負けた、つまり人民元切り上げを拒否されたばかりか、自国の流動性拡大を「インフレの輸出」だと非難されて「すごすご」と引き上げてきたというイメージで叩かれています。そのオバマですが、当面は共和党の穏健派と共にブッシュ減税の継続や、先週諮問委から出てきた財政再建案の実行に力を入れてくるでしょう。ですが、仮にそうした「中道現実路線」に何らかの行き詰まりが出てきた時には、ペイリンの存在は予想を超えて大きくなってくることも考えておかねばならないようです。

 雄大な大自然を背景にしながら、庶民的なポーズに充ち満ちていて、それでいてどうしようもなく政治的であり、そして「リアリティーショー」という「虚構」の設定がかえって「リアルなキャラクター」に見えてくる手品のような番組は、ひょっとしたら歴史を変えるかもしれません。それは、アメリカにも世界にも決して良いことではないわけで、現実にそうならないことを祈るばかりです。

プロフィール

冷泉彰彦

(れいぜい あきひこ)ニュージャージー州在住。作家・ジャーナリスト。プリンストン日本語学校高等部主任。1959年東京生まれ。東京大学文学部卒業。コロンビア大学大学院修士(日本語教授法)。福武書店(現ベネッセコーポレーション)勤務を経て93年に渡米。

最新刊『自動運転「戦場」ルポ ウーバー、グーグル、日本勢――クルマの近未来』(朝日新書)が7月13日に発売。近著に『アイビーリーグの入り方 アメリカ大学入試の知られざる実態と名門大学の合格基準』(CCCメディアハウス)など。メールマガジンJMM(村上龍編集長)で「FROM911、USAレポート」(www.jmm.co.jp/)を連載中。週刊メルマガ(有料)「冷泉彰彦のプリンストン通信」配信中。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

イラン戦争は2週目に、トランプ氏「無条件降伏」求め

ビジネス

アングル:欧州で若者向け住宅購入の新ビジネス、価格

ワールド

焦点:道半ばの中国「社会保険改革」、企業にも個人に

ワールド

昨年の関税合意実施を米と確認、日本が不利にならない
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプのイラン攻撃
特集:トランプのイラン攻撃
2026年3月10日号(3/ 3発売)

核開発の断念を迫るトランプ政権が攻撃を開始。イランとアメリカの本格戦争は始まるのか?

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【長期戦はイラン有利】米側の体制転覆シナリオに暗雲...専門家「イランの反撃はこれから」「報道と実態にズレ」
  • 2
    中国はイランを見捨てた? イランの「同盟国」だったはずの中国が、不気味なまでに静かな理由
  • 3
    日本の保護者は自分と同じ「大卒」の教員に敬意を示さない
  • 4
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 5
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビ…
  • 6
    「みんな一斉に手を挙げて...」中国の航空会社のフラ…
  • 7
    10歳少女がライオンに激しく襲われる...中国の動物園…
  • 8
    【WBC】侍ジャパン、大谷翔平人気が引き起こした球場…
  • 9
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 10
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 1
    日本の若者「韓国就職」憧れと現実のギャップ ── ビザの壁、会社都合の解雇、帰国後も続く苦境
  • 2
    縫いぐるみが相棒、孤独なサル「パンチくん」がバズった理由
  • 3
    BTS復活...でも、韓国エンタメが「苦境」に陥っている
  • 4
    イラン猛反撃、同士討ちまで起きる防空戦はいつまで…
  • 5
    「毎日が人生最後の日」だと思って酒を飲む...84歳医…
  • 6
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 7
    サファリ中の女性に悲劇...ライオンに「くわえ去られ…
  • 8
    中国、4隻目の空母は原子力艦か──世界3番目の原子力…
  • 9
    少子化に悩む韓国で出生率回復...昨年過去最大の伸び…
  • 10
    「死体を運んでる...」Google Earthで表示される「不…
  • 1
    ウクライナ戦闘機「F-16」がロシア軍「シャヘド」を空中爆破...地上から撮影の「レア映像」を公開
  • 2
    台湾侵攻「失敗」の大きすぎる代償
  • 3
    「最恐」恐竜T・レックスの定説を覆す新研究が
  • 4
    イースター島の先住民から資源を略奪、島を「生きた…
  • 5
    見事なカンフーを見せた中国ヒト型ロボットのからく…
  • 6
    アルコールは血糖値を下げる...「脳と血管を守る」医…
  • 7
    「ヘル・コリア」から日本へ7万人 ── 大企業の高給より…
  • 8
    中国、パナマ運河の港湾喪失でパナマに報復──トラン…
  • 9
    命は長し、働け女たち――88歳「働くばあさん」が説く…
  • 10
    「罠に嵌められた」と主張するが...欧州で次々と摘発…
トランプ2.0記事まとめ
Real
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story