コラム

モハメド・アリ、その「第三の顔」を語ろう

2016年06月16日(木)16時30分

 こういう、大げさでちょっと笑える表現も彼の得意な技だ:

"I'm so mean I make medicine sick."
(僕は病んでいる。薬さえ病気になってしまうくらい悪い)

 悪さ自慢だが、「薬が病気になる」というのはアリのオリジナルな表現。アメリカ人にすぐ伝わるし、すぐ笑える。でもどうだろう? ピンとこないかな? 翻訳している僕には結構ダメージの大きいボディーブローだね。

 聞いている人に嫌われないように自慢するのは日本でもアメリカでも難しい。なんでアリにできたのか? それは表現が面白いからだ。そして何より実力が伴っていたから。本人いわく、

"It's hard to be humble when you're as great as I am."
(俺ほど偉大なやつは謙遜しづらいんだ)

 この調子の良さがアリの持ち味。

【参考記事】モハメド・アリは徴兵忌避者ではない

 さらに、アリは自慢すると同時に、よく相手を挑発していた。試合前の心理作戦としても用いていたが、そのけなし方もやはりうまい:

"I've seen George Foreman shadow boxing, and the shadow won!"
(ジョージ・フォアマンがシャドーボクシングをしていたけど、シャドーが勝ったよ)

 これなら通じるよね? さらに、マニラで行われた伝説のフレイジャー戦の前にこんな傑作を出した:

"It will be a killer and a chiller and a thriller when I get the gorilla in Manila."
(マニラでゴリラをやっつけるときは、キルもチルもスリルも楽しめるぞ)

 ばれたかな? 僕が翻訳の仕事を半分放棄しているってことが。killer, chiller, thriller はどれも意訳すると、「最高!」に近い意味の言葉だ。もちろん韻を踏んでいるし、連発して効果を高めている。さらに、フレイジャー選手をゴリラに例えて、マニラと合わせてまた韻を踏んでいる(英語ではゴリラの発音は「ガリラ」に近い)。こうやってけなされたフレージャーは実際に動揺し、そのせいで試合でも負けたといわれている。

 さて、ここで問題。アリみたいに、韻を踏んで自慢しながら、相手をけなすものと言ったら何でしょう? 

「ラップ音楽」と答えた人、100点! 実は、モハメド・アリはラップ音楽の走りとも言われている。西アフリカにはリズムに合わせて相手を挑発する文化があるが、それに近いものをアメリカで普及させたのはアリの語録。彼のしゃべり口調と、体制に反発する姿はラップの先駆者であるL.L. Cool JayやN.W.Aなどに多大な影響を与えた。本人たちもそう言っている。

プロフィール

パックン(パトリック・ハーラン)

1970年11月14日生まれ。コロラド州出身。ハーバード大学を卒業したあと来日。1997年、吉田眞とパックンマックンを結成。日米コンビならではのネタで人気を博し、その後、情報番組「ジャスト」、「英語でしゃべらナイト」(NHK)で一躍有名に。「世界番付」(日本テレビ)、「未来世紀ジパング」(テレビ東京)などにレギュラー出演。教育、情報番組などに出演中。2012年から東京工業大学非常勤講師に就任し「コミュニケーションと国際関係」を教えている。その講義をまとめた『ツカむ!話術』(角川新書)のほか、著書多数。近著に『パックン式 お金の育て方』(朝日新聞出版)。

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