コラム

オルト・ライト・ケインズ主義の特質と問題点

2017年02月28日(火)13時30分

このバノンの経済観は、明らかにトランプ政権の経済観そのものである。重要なのは、それが、旧来の保守派の経済観、具体的にはティーパーティーも含む共和党主流派が奉じてきた「小さな政府」を標榜する新自由主義におけるそれとは対極的であり、本質としてはむしろケインズ主義の方に近いという点である。

トランプはその大統領就任演説で、アメリカ製品を買いアメリカ人を雇う(Buy American and hire American)という「二つの単純なルール」を掲げた。つまり、アメリカ人の雇用の確保こそが政権における最優先の政策課題であり、これがトランプの言う「アメリカ・ファースト」の内実だったわけである。この一国における雇用の確保という政策目標は、まさにケインズ主義そのものである。

トランプはまた、そのための政策手段として、減税や公共投資を掲げていた。これもまた、伝統的なケインズ政策そのものであり、逆に新自由主義とはまったく相容れないものである。バノンは明らかに、その点を十分に自覚している。というのは、自らの巨額公共投資計画について、「保守派が発狂するほどのもの」と述べているからである。

バノンはさらに、自らが起こそうとしている「経済的ナショナリズムの運動」を、リベラル派に対する保守派=新自由主義の反革命としてのレーガン革命よりもむしろ、1930年代になぞらえている。この1930年代とはいうまでもなく、アメリカ経済の「社会主義化」を進めた元凶としてアメリカの保守派が指弾し続けてきた、あのニュー・ディールの時代である。

オルト・ライトによって蘇った国際競争主義の亡霊

このトランプ流のケインズ主義が、オルト・ライト的なそれである最大の理由は、その反グローバリズム的な世界観にある。それは、日米貿易摩擦が世界経済の大きな焦点になっていた1980年から90年代にかけて、ビジネス誌を中心にアメリカの経済論壇を席巻していた、戦略的貿易論者とか対日リビジョニストと呼ばれていた人々のそれにかなり近い。

当時の戦略的貿易論者の思考様式の大きな特質は、その「国際競争主義」にあった。これは、貿易その他の国際的な経済取引を、関係国双方に利益となるプラス・サム的なものとしてではなく、ライバル企業同士の間に生じるゼロ・サム的な競争に類するものとして把握するような立場である。それはさらに、「一国は、政府による何らかの政策や市場介入によって、相手国からより大きな利益の分け前を奪い取ることができる」という政策的主張に結びつく。これが、当時一世を風靡した戦略的貿易政策論である。

こうした国際競争主義の考え方は、「企業と企業の競争」を自明の現実と考えているビジネスマンや一般人の間では、きわめて受け入れられやすい。しかしそれは、入門経済学の授業で「比較優位」や「貿易による相互利益」を教えてきた経済学者たちにとっては、アダム・スミスやデヴィッド・リカードによる重商主義批判によってとうの昔に葬り去られたはずの、古くからある俗論にすぎない。

実際、1993年に誕生したアメリカのビル・クリントン民主党政権が、レスター・サローやロバート・ライシュのような国際競争主義者、ローラ・タイソンなどの戦略的貿易論者からの影響を受けて、日本に対して輸入自主拡大(voluntary import expansions, VIEs)のような管理貿易の導入を迫った時に、それを最も強く批判したのは、ジャグディシュ・バグワティやポール・クルーグマンに代表されるアメリカの経済学者たちだったのである。

プロフィール

野口旭

1958年生まれ。東京大学経済学部卒業。
同大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。専修大学助教授等を経て、1997年から専修大学経済学部教授。専門は国際経済、マクロ経済、経済政策。『エコノミストたちの歪んだ水晶玉』(東洋経済新報社)、『グローバル経済を学ぶ』(ちくま新書)、『経済政策形成の研究』(編著、ナカニシヤ出版)、『世界は危機を克服する―ケインズ主義2.0』(東洋経済新報社)、『アベノミクスが変えた日本経済』 (ちくま新書)、など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

ロイターネクスト:米第1四半期GDPは上方修正の可

ワールド

プーチン氏、5月に訪中 習氏と会談か 5期目大統領

ワールド

仏大統領、欧州防衛の強化求める 「滅亡のリスク」

ビジネス

米キャタピラー、4─6月期の減収見込む 機械需要冷
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が愛した日本アニメ30
特集:世界が愛した日本アニメ30
2024年4月30日/2024年5月 7日号(4/23発売)

『AKIRA』からジブリ、『鬼滅の刃』まで、日本アニメは今や世界でより消費されている

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    今だからこそ観るべき? インバウンドで増えるK-POP非アイドル系の来日公演

  • 3

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗衣氏への名誉棄損に対する賠償命令

  • 4

    心を穏やかに保つ禅の教え 「世界が尊敬する日本人100…

  • 5

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 6

    未婚中高年男性の死亡率は、既婚男性の2.8倍も高い

  • 7

    やっと本気を出した米英から追加支援でウクライナに…

  • 8

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 9

    自民が下野する政権交代は再現されるか

  • 10

    ワニが16歳少年を襲い殺害...遺体発見の「おぞましい…

  • 1

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 2

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価」されていると言える理由

  • 3

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた「身体改造」の実態...出土した「遺骨」で初の発見

  • 4

    「世界中の全機が要注意」...ボーイング内部告発者の…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    医学博士で管理栄養士『100年栄養』の著者が警鐘を鳴…

  • 7

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ…

  • 8

    NewJeans日本デビュー目前に赤信号 所属事務所に親…

  • 9

    「たった1日で1年分」の異常豪雨...「砂漠の地」ドバ…

  • 10

    「誹謗中傷のビジネス化」に歯止めをかけた、北村紗…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の瞬間映像をウクライナ軍が公開...ドネツク州で激戦続く

  • 4

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 5

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 6

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこ…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士…

  • 9

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 10

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story