コラム

ノーベル賞が示す中国科学技術の進むべき道

2016年01月08日(金)16時55分
ノーベル賞が示す中国科学技術の進むべき道

ノーベル賞受賞で中国科学技術官僚を当惑させた屠呦呦 China Daily- REUTERS

 2015年のノーベル生理学・医学賞は日本の大村智氏、アイルランドのウィリアム・キャンベル氏、そして中国のトゥ・ヨウヨウ(屠呦呦)氏(84)の3名に授与されました。これまで中国人のノーベル賞受賞といえば、アメリカ国籍の中国系科学者による受賞のほか、中国出身の人としては民主運動家の劉暁波氏やダライ・ラマ14世など中国当局にとってあまり歓迎したくない人たちによる平和賞受賞がありましたが、それ以外では作家の莫言氏の文学賞受賞があったのみでした。中国本土出身でかつ中国で活動している自然科学者が受賞するのはトゥ氏が初めてであり、しかも女性ですから、中国ではきっとお祭り騒ぎだろうと思いきや、そうではありませんでした。

 日本では日本人がノーベル賞に決まったりすると、受賞者の研究内容のみならず、その人の人となり、さらには授賞式の服装や料理に至るまで微に入り細に入り報道されますが、中国ではトゥ氏の受賞について淡々と報じられるばかりで日本のようにフィーバーしてはいませんでした。

 中国にとって待望の受賞であるはずなのになぜ盛り上がらないのだろうと不思議に思っておりましたが、それはどうやらトゥ氏の受賞が、中国の科学界や科学技術行政が期待している分野での受賞ではないからのようです。トゥ氏は中国では有名な科学者ではあったものの、その業績のわりに中国科学界では冷遇されていました。

 中国の科学技術界における最高の称号は「中国科学院院士」というもので現在777名の院士がいますが、トゥ氏は何度か応募したもののいずれも落選しています。また、トゥ氏は博士号も持たず、海外留学経験もないため、「三無科学者」といういささか不名誉なあだ名までもらっています。そうしたトゥ氏が中国初の自然科学分野でのノーベル賞受賞者になったことは、今までトゥ氏を格下に見ていた院士たちにとっては青天の霹靂だっただろうと思います。

後進性ゆえに中国が逃したロイヤリティ収入

 中国の科学技術行政はこれまでスーパーコンピューター、深海探査、宇宙開発、核融合、iPS細胞など世界の科学技術の先端分野において先進国に追いつき追い越そうと資金と人材を注ぎ込んできました(林幸秀『科学技術大国 中国』中公新書、2013年)。もし仮にこうした先端分野で中国人がノーベル賞を受賞したら、本当にお祭り騒ぎになることでしょう。ところが、トゥ氏が受賞したのは漢方に基づくマラリアの新薬開発という地味な研究分野でした。中国の科学技術官僚は喜んだというよりむしろ困惑しているようです。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

ニュース速報

ビジネス

明治安田生命、円高局面でオープン外債積み増し=17

ビジネス

新日鉄住金、スペースワールド跡地利用でイオンモール

ビジネス

クレジット資産に3年で2兆円、外貨建て事業債投資を

ワールド

オバマケア補助金停止なら政府の負担23億ドル増加=

MAGAZINE

特集:国際情勢10大リスク

2017-5・ 2号(4/25発売)

北朝鮮問題、フランス大統領選、トランプ外交──。リーダーなき世界が直面する「10のリスク」を読み解く

グローバル人材を目指す

人気ランキング

  • 1

    25日に何も起こらなくても、北朝鮮「核危機」は再発する

  • 2

    北朝鮮ミサイル攻撃を警戒、日本で核シェルターの需要が急増

  • 3

    ヘンリー王子が心の問題を告白 その背景にあるものとは

  • 4

    ロシア軍が北朝鮮に向け装備移動か 大統領府はコメ…

  • 5

    フランス大統領選、マクロンとルペンの決選投票へ

  • 6

    「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝…

  • 7

    トランプ、日中首脳と電話会談 25日の北朝鮮軍創建…

  • 8

    もし第3次世界大戦が起こったら

  • 9

    フランス大統領選決選投票、ルペンは「手ごわく危険…

  • 10

    北朝鮮は戦争をしたいのか?したくないのか?

  • 1

    25日に何も起こらなくても、北朝鮮「核危機」は再発する

  • 2

    米空母「実は北朝鮮に向かっていなかった」判明までの経緯

  • 3

    ロシア軍が北朝鮮に向け装備移動か 大統領府はコメント拒否

  • 4

    「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝…

  • 5

    北朝鮮「米行動なら全面戦争」、米ペンス副大統領は…

  • 6

    北朝鮮は戦争をしたいのか?したくないのか?

  • 7

    オバマ政権は北朝鮮ミサイル実験をサイバー攻撃で妨…

  • 8

    ISISの終わりが見えた

  • 9

    北朝鮮ミサイル攻撃を警戒、日本で核シェルターの需…

  • 10

    中国は米国に付くと北朝鮮を脅したか?――米朝戦争に…

  • 1

    25日に何も起こらなくても、北朝鮮「核危機」は再発する

  • 2

    「いま米軍が撃てば金正恩たちは全滅するのに」北朝鮮庶民の本音

  • 3

    ユナイテッド航空「炎上」、その後わかった5つのこと

  • 4

    北朝鮮に対する軍事攻撃ははじまるのか

  • 5

    米空母「実は北朝鮮に向かっていなかった」判明まで…

  • 6

    15日の「金日成誕生日」を前に、緊張高まる朝鮮半島

  • 7

    北朝鮮への米武力攻撃をとめるためか?――習近平、ト…

  • 8

    北朝鮮近海に米軍が空母派遣、金正恩の運命は5月に決…

  • 9

    オーバーブッキングのユナイテッド航空機、乗客引き…

  • 10

    ユナイテッド機の引きずり出し事件に中国人激怒、の…

PICTURE POWER

レンズがとらえた地球のひと・すがた・みらい

日本再発見 「外国人から見たニッポンの不思議」
定期購読
期間限定、アップルNewsstandで30日間の無料トライアル実施中!
メールマガジン登録
売り切れのないDigital版はこちら

MOOK

ニューズウィーク日本版 別冊

0歳からの教育 知育諞

絶賛発売中!