コラム

「李克強指数」が使えないわけ

2015年10月16日(金)17時36分

引っ張りだこ 中国の統計は信用できないが、李克強が参照している数字なら間違いない? Jason Lee- REUTERS

 前回のこのコラムで、中国の2015年上半期の成長率に関して疑念を呈し、成長率の推計値として5.3%という数字を示しました。

 それに対して、「中国の本当の成長率を探る方法として有名な『李克強指数』というものがあるではないか。なぜそれを使わないのか」と疑問に思った人もいたかもしれません。実際、富士通総研の柯隆氏も「李克強指数」が2015年上半期に2%ほどしか伸びていないことから中国の実際の成長率は「7%を大きく下回っている」と推測しています(『日本経済新聞』2015年8月20日)。

 一般論として、ある数字が疑わしいと思われるときは、関連する他の数字といろいろ突き合わせてみてその信憑性を考えるのはいいことだと思います。

中国の製造業は鉄道をほとんど使わない

 しかし、「李克強指数」についていえば、私は参照する価値はほぼゼロだと思います。ちなみに、「李克強指数」とは、現首相の李克強氏が遼寧省トップだった2007年にアメリカの大使に対して、「遼寧省のGDP成長率など信頼できません。私は省の経済状況をみるために、省内の鉄道貨物輸送量、銀行融資残高、電力消費の推移を見ています」(The Economist Dec. 9, 2010)と述べたと伝えられたところから来ています。つまり、この三つの指標の伸び率を加重平均したのが「李克強指数」で、一部の人はこれがGDP成長率よりも中国経済の動きを正確に表していると主張しています。

「李克強指数」に対して私が強い違和感を覚えるのはそこに鉄道貨物輸送量が入っていることです。私はこれまで中国で無数の製造業企業を訪問してインタビューしてきましたが、製品や材料の輸送に鉄道を使っているという企業はほとんどありませんでした。何を使うかと言えばトラックです。では鉄道で何を運んでいるかというと、鉄道輸送貨物の55%は石炭なのです。これに石油や鉄鉱石など他の鉱産物を加えると、鉄道輸送貨物の74%が鉱産物で占められます。だから鉄道貨物輸送量で鉱業の動向をとらえようというのならまだしも、それで経済全体の動きをみようというのは大変無理があるのです。

 また、中国の銀行は民間企業には余り融資してくれず、もっぱら国有セクターにばかり融資していると言われます。だから銀行融資残高は国有企業の経営状況をみるうえでは参考になるかもしれませんが、GDPのなかで民間企業が国有企業よりも重要な今では余り参考にはならないでしょう。電力消費も電力を大量に使う重工業の動向をみるうえでは参考になるかもしれませんが、経済全体を見るうえでは限界があります。

プロフィール

丸川知雄

1964年生まれ。1987年東京大学経済学部経済学科卒業。2001年までアジア経済研究所で研究員。この間、1991~93年には中国社会学院工業経済研究所客員研究員として中国に駐在。2001年東京大学社会科学研究所助教授、2007年から教授。『現代中国経済』『チャイニーズ・ドリーム: 大衆資本主義が世界を変える』『現代中国の産業』など著書多数

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

米経済「まちまち」、インフレ高すぎ 雇用に圧力=ミ

ワールド

EU通商担当、デミニミスの前倒し撤廃を提案 中国格

ビジネス

米NEC委員長、住宅価格対策を検討 政府閉鎖でGD

ビジネス

FRB責務へのリスク「おおむね均衡」、追加利下げ判
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界最高の投手
特集:世界最高の投手
2025年11月18日号(11/11発売)

日本最高の投手がMLB最高の投手に──。全米が驚愕した山本由伸の投球と大谷・佐々木の活躍

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 3
    「死ぬかと思った...」寿司を喉につまらせた女性を前に、男性が取った「まさかの行動」にSNS爆笑
  • 4
    中国が進める「巨大ダム計画」の矛盾...グリーンでも…
  • 5
    「水爆弾」の恐怖...規模は「三峡ダムの3倍」、中国…
  • 6
    ファン激怒...『スター・ウォーズ』人気キャラの続編…
  • 7
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 8
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 9
    「ゴミみたいな感触...」タイタニック博物館で「ある…
  • 10
    【クイズ】韓国でGoogleマップが機能しない「意外な…
  • 1
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後」の橋が崩落する瞬間を捉えた「衝撃映像」に広がる疑念
  • 2
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 3
    まるで老人...ロシア初の「AIヒト型ロボット」がお披露目会で「情けない大失態」...「衝撃映像」がSNSで拡散
  • 4
    『プレデター: バッドランド』は良作?駄作?...批評…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    「座席に体が収まらない...」飛行機で嘆く「身長216c…
  • 7
    ドジャースの「救世主」となったロハスの「渾身の一…
  • 8
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 9
    筋肉を鍛えるのは「食事法」ではなく「規則」だった.…
  • 10
    「路上でセクハラ」...メキシコ・シェインバウム大統…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    一瞬にして「巨大な橋が消えた」...中国・「完成直後…
  • 5
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 6
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 7
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    今年、記録的な数の「中国の飲食店」が進出した国
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story