コラム

セルビアに急接近するロシア──バルカン半島をめぐる西側との綱引き

2016年01月19日(火)19時05分

プーチン露大統領(中央)とニコリッチ・セルビア大統領(右隣)は微妙な関係 Marko Djurica- REUTERS

 ロシアが旧ユーゴスラビアのセルビアに急接近している。

 もともとロシアはセルビアとの関係が深く、1999年にNATOがセルビアを空爆した際も、最後まで空爆回避のために説得工作を展開した。だが、結局のところロシアはユーゴスラビア紛争に大きな影響力を発揮することはできず、2004年には旧ユーゴスラビアのスロベニアが、2009年にはクロアチアがNATOに加盟してしまった。

 ロシアの代表的な国際政治学者であるドミトリー・トレーニンは、ユーゴスラビア紛争後、「ロシアはバルカン半島を「西側の影響圏」として明け渡した」のだと評している。

 だが、ロシアはここへ来て、バルカン半島への関与を再び強め始めた。その焦点なっているのが、セルビアだ。

 特に軍事分野での協力強化が進んでおり、昨年には初めてロシア、ベラルーシ、セルビアの三カ国合同軍事演習「スラブの絆」が実施された。

ロゴジン副首相のセルビア訪問

 さらに今年1月半ば、ロシアのロゴジン副首相が4日にわたってセルビアのベオグラードを訪問した。

 ロゴジンは軍需産業及び宇宙産業を担当する一方、かつてブリュッセルのNATO本部でロシア側の常駐代表を務めるなど国際舞台での経験も豊富な人物。バルト海に面したロシアの飛び地カリーニングラードや、旧ソ連のモルドヴァにおける分離独立地域「沿ドニエストル共和国」の問題など、ソ連崩壊後に生じた機微な問題でもロシア政府の代表を務めてきた。2015年には、メドヴェージェフ首相の北方領土訪問に対する日本側の反発に対し、「黙って腹を切れ」と発言し、物議を醸したこともある。

 今回のロゴジン副首相によるセルビア訪問の目玉は、ロシアからの武器売り込みである。報道によると、ブチッチ首相らセルビア政府首脳と会談したロゴジン副首相は、S-300長距離防空システム、ブーク及びトール中距離防空システム、パンツィ-S1短距離防空システム、MiG-29またはその改良型MiG-35戦闘機の購入を提案したとされる。

 特にS-300について、ロゴジン副首相はブチッチ首相にS-300の模型をプレゼントした上で、1999年のNATOによる空爆の際、このようなシステムがあれば首都ベオグラードへの攻撃を撃退できただろうと述べている。S-300は最新型ではないが強力な防空システムで、イランやカザフスタンにも供与されることが決まっているなど、ロシアの武器輸出外交の目玉商品の一つである。

プロフィール

小泉悠

軍事アナリスト
早稲田大学大学院修了後、ロシア科学アカデミー世界経済国際関係研究所客員研究などを経て、現在は未来工学研究所研究員。『軍事研究』誌でもロシアの軍事情勢についての記事を毎号執筆

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米関税の影響、かなりの不確実性が残っている=高田日

ワールド

タイ経済成長率予測、今年1.8%・来年1.7%に下

ワールド

米、半導体設計ソフトとエタンの対中輸出制限を解除

ワールド

オデーサ港に夜間攻撃、子ども2人含む5人負傷=ウク
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...父親も飛び込み大惨事に、一体何が起きたのか?
  • 2
    ワニに襲われた直後の「現場映像」に緊張走る...捜索隊が発見した「衝撃の痕跡」
  • 3
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 4
    「やらかした顔」がすべてを物語る...反省中のワンコ…
  • 5
    米軍が「米本土への前例なき脅威」と呼ぶ中国「ロケ…
  • 6
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 7
    熱中症対策の決定打が、どうして日本では普及しない…
  • 8
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で…
  • 9
    吉野家がぶちあげた「ラーメンで世界一」は茨の道だ…
  • 10
    「22歳のド素人」がテロ対策トップに...アメリカが「…
  • 1
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 2
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 5
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 6
    ディズニー・クルーズラインで「子供が海に転落」...…
  • 7
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 8
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 9
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 10
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story