コラム

「財政出動で需要を拡大しろ!」では、日本経済は救えない...単純な需給ギャップ議論を卒業しよう

2023年05月24日(水)11時51分
需要と供給のバランス(イメージイラスト)

OVEREARTH/ISTOCK

<需給ギャップがマイナスであることは、日本が大規模緩和策を継続することのよりどころの1つとなってきたが......>

日本では需要が弱く、需給ギャップがマイナスになっているので、財政政策や金融政策で需要を拡大することが重要との意見が多い。コロナ危機以降は、コロナ対策や防衛費の増額問題などもあり、国債をさらに増発して大型財政出動を実施すべきとの声が大きくなっている。

需給ギャップがマイナスであることは、大規模緩和策を継続することのよりどころの1つとなってきたが、10年にわたって金融緩和を継続しても効果はほとんどなく、需要が拡大する兆しは見られない。

需給ギャップというのは、経済における需要と潜在的な供給力の差を示す数値だが、これを正確に把握するのは難しく、生産関数などの数式と過去データを用いた推計値を用いることが一般的である。推計を行うには一定の前提条件を付与する必要があるため、得られた数値が絶対的に正しいとは限らない。

また、需給ギャップをベースにした経済政策というのは、景気循環的な一時的な不況には有益とされるものの、日本のような長期停滞の場合、供給の機能不全という問題が絡んでいる可能性があり、単純に需要を増やしても効果が得られないことは十分にあり得る。さらに言えば、需給ギャップに対して財政出動を機械的に当てはめることにも注意が必要だ。

もし需給ギャップの差を常に財政や金融によって調整することになれば、需要不足の時には財政出動を行う一方、需要過多の時には緊縮財政で景気を引き締める必要が出てくる。だが不思議なことに需給ギャップの議論については、財政拡大の文脈で主張されるケースばかりであり、需要過多の時に緊縮財政で景気を後退させるべきという主張はほとんど耳にしない。

結局のところ財政出動という結論が先にあり、お墨付きとして需給ギャップが持ち出されているにすぎないのが現実だろう。

インフレによるコスト増と人手不足による供給制限

バブル崩壊後、日本経済は国内消費が過度に低迷し、需要不足が続いてきたことは間違いない。だがコロナ危機を経て日本経済は今までとは全く異なる顔を見せつつある。それはインフレによるコスト増加と極度の人手不足による供給制限である。

人口減少による人手不足はこれまでも指摘されてきたが、コロナ危機をきっかけに多くのシニア層が退職したことに加え、若年層が条件の悪い職場を強く忌避するようになり、従来とは次元の異なる人手不足時代が到来している。

マクロ的には需要不足だったとしても、建設や公共、運輸、介護など特定分野で極度の人手不足となり、当該分野の供給が制限された場合、それがボトルネックとなり、今度は経済全体の供給を脅かすことになる。

プロフィール

加谷珪一

経済評論家。東北大学工学部卒業後、日経BP社に記者として入社。野村證券グループの投資ファンド運用会社に転じ、企業評価や投資業務を担当する。独立後は、中央省庁や政府系金融機関などに対するコンサルティング業務に従事。現在は金融、経済、ビジネス、ITなどの分野で執筆活動を行う。億単位の資産を運用する個人投資家でもある。
『お金持ちの教科書』 『大金持ちの教科書』(いずれもCCCメディアハウス)、『感じる経済学』(SBクリエイティブ)など著書多数。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

独ZEW景気期待指数、5月は予想以上に上昇 22年

ワールド

プーチン大統領、16-17日に訪中 習主席との関係

ワールド

バイデン大統領、対中関税を大幅引き上げ EVや半導

ワールド

ゼレンスキー氏、支援法巡り米国務長官に謝意 防空の
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少子化の本当の理由【アニメで解説】

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 5

    年金だけに頼ると貧困ライン未満の生活に...進む少子…

  • 6

    「ゼレンスキー暗殺計画」はプーチンへの「贈り物」…

  • 7

    アメリカからの武器援助を勘定に入れていない?プー…

  • 8

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 9

    「人の臓器を揚げて食らう」人肉食受刑者らによる最…

  • 10

    ブラッドレー歩兵戦闘車、ロシアT80戦車を撃ち抜く「…

  • 1

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 2

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 3

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地ジャンプスーツ」が話題に

  • 4

    大阪万博でも「同じ過ち」が繰り返された...「太平洋…

  • 5

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 6

    「恋人に会いたい」歌姫テイラー・スウィフト...不必…

  • 7

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 8

    ロシア兵がウクライナ「ATACMS」ミサイルの直撃を受…

  • 9

    日本の10代は「スマホだけ」しか使いこなせない

  • 10

    ウクライナ防空の切り札「機関銃ドローン」、米追加…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 4

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story