コラム

「金正恩の犬」を返すのはエサ代をケチったから...ではない、文在寅の知られざる真意と泥仕合の背景

2022年11月30日(水)13時58分


文在寅やその政権に関係する人々は、南北首脳会談や米朝首脳会談の実現を自らの在任時における歴史的偉業と見なしている。だからこそ彼らにとって、北朝鮮との関係をめぐる疑惑の捜査は、単なるスキャンダル追及以上の意味がある。

つまりそれは、文政権の最大の業績、その歴史的存在意義の否定だと考えられる。金正恩夫妻から贈られた豊山犬は融和外交の象徴的存在であり、文在寅はその返還の意思を明らかにすることで、自らの業績を否定する現政権への異議表明を試みたのだ。

とはいえ、これは韓国が北朝鮮との融和外交からの真の決別へと向かっていることも意味している。

金正恩夫妻は、自らが好意で贈った──ちなみに北朝鮮側は依然として、金大中と金正日の先例から考えて当然期待されていたであろう答礼としての「韓国側からの犬」を受け取ってもいない──犬たちが政争の具に使われるのを好ましくは思わないに違いない。

にもかかわらず繰り広げられる「3匹の犬の飼育費」をめぐる泥仕合は、現政権を支える保守派はもちろんのこと、対峙する進歩派の側もまた北朝鮮側に配慮する余裕を失っていることを示している。

だとすれば、取り残された3匹の犬の姿は、打ち捨てられた南北融和への期待の象徴にほかならない。せめて、彼らの残された人生ならぬ「犬生」に幸多からんことを望みたい。

プロフィール

木村幹

1966年大阪府生まれ。神戸大学大学院国際協力研究科教授。また、NPO法人汎太平洋フォーラム理事長。専門は比較政治学、朝鮮半島地域研究。最新刊に『韓国愛憎-激変する隣国と私の30年』。他に『歴史認識はどう語られてきたか』、『平成時代の日韓関係』(共著)、『日韓歴史認識問題とは何か』(読売・吉野作造賞)、『韓国における「権威主義的」体制の成立』(サントリー学芸賞)、『朝鮮/韓国ナショナリズムと「小国」意識』(アジア・太平洋賞)、『高宗・閔妃』など。


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