コラム

震災と英メディアに翻弄された友人

2011年03月23日(水)16時03分

 イギリス時間3月11日の朝、僕は長い付き合いの友人、マークから携帯メールを受け取った。日本で地震があったという。

 その後の数日は、僕にとっては奇妙な日々が続いた。かつて僕がさまざまに報道してきた日本という国が、突如として世界中のメディアの注目を一身に集めている。マークにとっても奇妙な感覚だったろう。自身がそのニュースに巻き込まれているのだから。

 マークは僕よりも後に日本にやって来て、東京で数年教師として働き、宮城県出身の女性と結婚した。そして今、震災によって彼の義母と義兄弟が行方不明になっている。現在はイギリスで暮らすマーク夫妻は、彼らの消息を必至になって探していた。

 マークはイギリス外務省に連絡したが、彼の義母らはイギリス人ではないということで、在英日本大使館に問い合わせるようにと言われた。日本大使館は、イギリス外務省に尋ねるようにと言ってきた。

 マークの妻は家族を行方不明者リストに載せ、ツイッターや日本のウェブサイト上で彼らを捜し回った。読売新聞のサイトのリンク先に、さまざまな避難所の避難者名簿を写した画像が載ったサイトがあった。僕たちはマークの妻のおばといとこの名前を見つけ出したが、母親は見つからなかった。

 僕は東京にいる知り合いの記者数人にメールをしてみた。彼らの中には宮城にいるか宮城に向かっている人がいるかもしれないと思ったからだ。感動的なヒューマンストーリーになるかもしれないぞ、と言ってやった。「イギリス人の子の行方不明になっていたおばあちゃんを私が見つけました」という具合だ。

■義母を捜すためBBCに出演

 3日目の朝、マークの義母の住む石巻市の様子が2回、イギリスのテレビに映し出された。僕が衛星放送のスカイチャンネルで見たニュースの方は、不安をかき立てるものだった。救助隊が一軒一軒回り、遺体を発見していると記者は伝えていた。

 幸い、マークが見たもう1つの方は、BBCが義母の家の近所を映したもので、もう少し慎重な報道をしていた。

 マークはロンドンのBBCに連絡することに決めた。記者が義母の家の周辺に近づけるかもしれないと期待してのことだ。彼が状況を話すと、BBCは2つのラジオ番組に出演してくれないかとマークに頼んだ。マークはシャイなタイプだが、義母を捜すための手段だと割り切って決断した。

 マークがラジオで話すのを聞くのは、不思議な感じだった。突然、マークが震災の当事者であり日本の専門家であるように取り上げられたからだ。

 彼は日本人について、日本人の地震に対する考え方について、あらゆることを質問された。なぜ彼らは地震の危険性のある土地に住んでいるのか? 彼らはこれまで不安を感じていなかったのか?

 今回の地震の犠牲者は日本人が大多数だが、それでも実際に巻き込まれたイギリス人がこうして話すことで、人々はわがことのように実感できるようになるみたいだ。

 マークは多少緊張した様子ではあるが、現状をうまく説明していた。そして、自分は大地震によって被害を受けた数百万人のうちの1人に過ぎないのだと、しっかり主張することも忘れなかった。

 結局、ロンドンのBBCは日本にいる記者たちにマークの義母について確認するよう言ったことは言ったが、すぐに記者たちは他の地域へ移動してしまった。マークがメールを送った他のメディアの記者は皆、手を貸せるような状態ではなかった。返事をくれて状況を説明する(忙しすぎて無理、ガソリン不足で動けない、違う地域にいる、など......)記者はまだましだった。

■地震のニュースはトップから転落

 16日、電話が鳴ってついにいい知らせが舞い込んだ。義母の家の1階は津波で被害を受けたものの、義母と義兄弟は無事に生きていたというのだ。

 礼儀上、マークは義母の捜索を頼んでいた記者たちにメールを送った。万が一彼らが探し続けて時間を無駄にするようなことがあっては大変だと思ったからだ。

 すると奇妙なことに、BBCはひどく熱心にマークに対して再度インタビューを申し込んできた。今度はラジオ番組に4度、テレビ番組に1度出てほしいというのだ。地震から数日たち、この段階になると、そろそろ「明るいニュース」がほしくてたまらなかったようだ。「ニュースのサイクル」上ではよくある話だ。

 マークは乗り気ではなかっただろうが、彼は(ある意味)日本関連のコメンテーターと化していたことだし、これを機に訴えておくのも悪くないと決断した。被災地はいまだに食料や水、燃料が不足した深刻な状態で、今後も大規模な救援活動と復興活動が必要だ、と。

 結局マークのインタビューは、テレビ番組の方はキャンセルになり、ラジオ番組の1つも大幅にカットされた。そうこうしているうちに国連がリビア上空に飛行禁止空域を設定したことがトップニュースになり、日本のニュースは上位から滑り落ちたのだ。

 マークは実際テレビに出たいとは思っていなかっただろうが、それでもニュースが瞬く間に忘れ去られていくさまを目にするのは残酷な経験だったと思う。悲しい現実だが、大きな進展でもない限り、どんなに甚大な災害であってもメディアの注目は1週間程度しか続かない。

 だが少なくとも、マーク個人にとっては「明るいニュース」があったことは確かだ。

プロフィール

コリン・ジョイス

フリージャーナリスト。1970年、イギリス生まれ。92年に来日し、神戸と東京で暮らす。ニューズウィーク日本版記者、英デイリー・テレグラフ紙東京支局長を経て、フリーに。日本、ニューヨークでの滞在を経て2010年、16年ぶりに故郷イングランドに帰国。フリーランスのジャーナリストとしてイングランドのエセックスを拠点に活動する。ビールとサッカーをこよなく愛す。著書に『「ニッポン社会」入門――英国人記者の抱腹レポート』(NHK生活人新書)、『新「ニッポン社会」入門--英国人、日本で再び発見する』(三賢社)、『マインド・ザ・ギャップ! 日本とイギリスの〈すきま〉』(NHK出版新書)、『なぜオックスフォードが世界一の大学なのか』(三賢社)など。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

G7外相、イスラエル・イラン停戦支持 核合意再交渉

ワールド

マスク氏、トランプ氏の歳出法案を再度非難 「新政党

ビジネス

NY外為市場=ドル対ユーロで約4年ぶり安値、米財政

ワールド

米特使「ロシアは時間稼ぎせず停戦を」、3国間協議へ
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:トランプvsイラン
特集:トランプvsイラン
2025年7月 8日号(7/ 1発売)

「平和主義者」のはずの大統領がなぜ? 核施設への電撃攻撃で中東と世界はこう変わる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた発見の瞬間とは
  • 2
    普通に頼んだのに...マクドナルドから渡された「とんでもないモノ」に仰天
  • 3
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。2位は「身を乗り出す」。では、1位は?
  • 4
    「パイロットとCAが...」暴露動画が示した「機内での…
  • 5
    砂浜で見かけても、絶対に触らないで! 覚えておくべ…
  • 6
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 7
    ワニに襲われ女性が死亡...カヌー転覆後に水中へ引き…
  • 8
    飛行機のトイレに入った女性に、乗客みんなが「一斉…
  • 9
    自撮り動画を見て、体の一部に「不自然な変形」を発…
  • 10
    顧客の経営課題に寄り添う──「経営のプロ」の視点を…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    燃え盛るロシアの「黒海艦隊」...ウクライナの攻撃で大爆発「沈みゆく姿」を捉えた映像が話題に
  • 3
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 4
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 5
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 6
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 7
    突然ワニに襲われ、水中へ...男性が突いた「ワニの急…
  • 8
    ワニに襲われた男性の「最期の姿」...捜索隊が捉えた…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    仕事ができる人の話の聞き方。3位は「メモをとる」。…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 4
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 8
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    気温40℃、空港の「暑さ」も原因に?...元パイロット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story