コラム

日本ではなぜ安全保障政策論議が不在なのか

2015年07月31日(金)19時00分

 戦争を憎み、平和を愛する点において、私は安保法制案に反対してデモをする人々と理念を共有している。しかしながら、平和を実現するためにどのような措置を執るべきかについて、そしてどのような安全保障政策を選ぶべきかというアプローチにおいて、私はおそらく異なる考えを持っている。私は平和を破壊して、他国を侵略する行為に対して、自国民の生命を守るために自衛的措置を執ることは必要だと考えているし、それは個別的であっても集団的であっても同様であると考えている。また、そのような侵略行為に対して、国際社会が国連憲章第7章に基づいて軍事的強制措置を執り、平和を回復しようとすることを必要なことと考えており、日本がそれに協力することも必要だと考えている。

 安保法制に反対する人々の一部は、軍事的な手段を嫌い、それゆえに日米同盟を解消して、自衛隊を廃棄することが望ましいと主張している。そして、国連憲章51条で保証されている個別的および集団的自衛権を「悪」として考えて、また国連憲章第7章で規定されている「平和に対する脅威、平和の破壊及び侵略行為に関する行動」としての軍事的強制措置を、拒絶している。あらゆる紛争が、対話のみで解決可能と考えているからだ。それは、現実に紛争が溢れている世界において、平和を維持するために世界各地にPKO部隊を派遣している多くの諸国に共有される正義とはいえない。

 今回の安保法制案をめぐる議論で、もっぱら抽象的な平和主義ばかりが聞こえて、具体的な政府案に変わる望ましい安全保障政策の具体像がほとんど見られないことは、不幸なことである。政府案が常に正しいわけではない。だからこそ、それに替わる選択肢を示すことが必要なのだ。

 他国が侵略をされて、日本政府へと救援を求めてもそれを無視すること。国際社会が結束して侵略行為を阻止しようと行動をとるときにそこから離れていること。それは本当に、日本国憲法がそもそも想定していた理想なのであろうか。自国の安全以外にまったく関心を持とうとせず、国際社会で侵略行為がなされていてもそれを傍観するエゴイズムとシニシズムは、実は戦前の日本国民が抱いていた国防観とおどろくほど似たものであることに気づいてほしい。

<写真:Toru Hanai-REUTERS>

プロフィール

細谷雄一

慶應義塾大学法学部教授。
1971年生まれ。博士(法学)。専門は国際政治学、イギリス外交史、現代日本外交。世界平和研究所上席研究員、東京財団上席研究員を兼任。安倍晋三政権において、「安全保障と防衛力に関する懇談会」委員、および「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」委員。国家安全保障局顧問。主著に、『戦後国際秩序とイギリス外交』(創文社、サントリー学芸賞)、『外交による平和』(有斐閣、櫻田会政治研究奨励賞)、『倫理的な戦争』(慶應義塾大学出版会、読売・吉野作造賞)、『国際秩序』(中公新書)、『歴史認識とは何か』(新潮選書)など。

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