インタビュー:日米関税「15%」のズレ、冷静さと期間の注視が重要=丸紅・今村氏

関税について日米には認識の隔たりがある。現状をどう見たらいいのか、専門家に聞いた。写真は丸紅経済研究所の今村卓社長。8月7日、東京の丸紅本社で撮影(2025年 ロイター/鬼原民幸)
Tamiyuki Kihara
[東京 7日 ロイター] - 日米関税交渉が再び混乱し始めた。トランプ米大統領は6日(米国時間)、半導体に約100%の関税を課すと表明。さらに、7日には相互関税を15%とする運用が始まった。ただ、この「15%」をめぐって日米には認識の隔たりがある。現状をどう見たらいいのか、専門家に聞いた。
<丸紅経済研究所社長(丸紅執行役員) 今村卓氏>
相互関税について日米の認識にズレが指摘されている。日本はすでに15%以上の関税が課せられている品目についてはその数字が維持されるとしているが、ホワイトハウスは既存の税率に15%を上乗せする方針だとも報じられている。
いずれにしても、仮に米国が言うように15%がそのまま上乗せされるにしても、一定期間は冷静に見る必要がある。
つまり、重要なのは上乗せされる期間だ。長期化すれば別だが、個人的には1―2カ月もたてば「日本政府の認識が正しい」という結論で両国が折り合うのではないかと思っている。
なぜなら、米国はいま多くの国を相手に関税交渉をしている。ホワイトハウスの事務処理能力を超えてしまっている状態なのだ。トランプ氏は大統領令ですべてを決める。そうなると、どうしても事務処理が追いつかず「漏れ」が出てくるわけだ。
ただし、もし1―2カ月たってもまったく米国側から説明される兆しがない、となれば「やはり日本政府の認識が間違っていた」となり、市場にも不安心理が広がるだろう。そうならないよう、日本政府は米国との対話を続ける必要がある。
一方、半導体への関税100%については対象がまだ見えない中ではあるが、トランプ氏と企業側の「真剣な駆け引きと交渉」が始まりそうだ。
トランプ氏は関税について、輸入される全ての半導体に適用されるが、米国内での生産を約束した企業には適用されないとも表明した。少なからぬ企業が米国での生産拡大を改めて表明するだろう。
ただ、実は多くのプロジェクトが既存のものの焼き直しだというケースも出てくるはずだ。なぜなら、半導体工場を新規でどんどん建てられるほどの技術者が、そもそも米国にはいないからだ。
アップルも米国内の生産拡大に向け1000億ドルを追加投資するということだが、どこまでが今回新たに表明した投資なのか判然としない。
つまり、半導体企業も、それらを抱える国々も、おそらく米国政府の内部でさえ、トランプ氏が目指す米国の製造業の復権は相当難しいとわかっている。彼らが重視しているのは、いかにトランプ氏を喜ばせつつ自社にとって効率的な生産体制とサプライチェーンを守るか、なのだ。
こうした状況を前提に考えたとき、日本企業に何が求められるか。それは、関税の適用範囲を確認しつつも、いかに効率を悪化させるサプライチェーンをやむなく受け入れるなどの「実害」を回避するかということだ。こうした合理性を欠く要求が増えるであろうトランプ政権下のこの何年かをどう乗り越えるか、と言い換えてもいい。
世界の半導体産業に目を向ければ、すでに多くの企業が既存の米国から中国まで広がるグローバルバリューチェーンは幻想になりつつあることに気付いている。米国や中国などの大国が競争関係に向かい技術の覇権争いが強まることで、これだけ世界の不確実性が高まる中で、今後は各国企業が信頼できる国同士の中にサプライチェーンを再編する流れが加速するだろう。
日本企業もその流れに乗り遅れてはいけない。トランプ氏を満足させる提案には付き合う一方で、自社にとって最も効率的、効果的な戦略をゆがめないようにする。その工夫が求められている。
いまむら・たかし 1966年生まれ、一橋大商卒。89年丸紅入社。丸紅経済研究所チーフエコノミストなどを経て2008年から17年、丸紅米国会社ワシントン事務所長。24年から現職。現場で培った経験をもとに、米国の政治経済から世界経済、国際政治、経済安全保障などを分析している。21年から24年、APECビジネス諮問委員会(ABAC)日本代理委員。
(聞き手・鬼原民幸)