ニュース速報
ワールド

焦点:「奇跡」と希望、インド転倒事故で浮き彫りになった行者崇拝の熱狂

2024年07月14日(日)14時43分

 説教師の「ブホレ・ババ」師が背中を軽くたたいただけで、ラムクマリさんの腎結石は消滅したという。ラムクマリさんは何の証拠も示していないが、他にも無数の同じような「奇跡」に関するエピソードによって、インド北部の州ではババ師の信奉者が急増している。写真は4日、同師の出身地であるウッタルプラデシュ州バハドゥルナガル村で住民に取材する記者(2024年 ロイター/Anushree Fadnavis)

Shivam Patel Krishna N. Das

[バハドゥルナガル(インド) 7日 ロイター] - 説教師の「ブホレ・ババ」師が背中を軽くたたいただけで、ラムクマリさん(85)の腎結石は消滅したという。ラムクマリさんは何の証拠も示していないが、他にも無数の同じような「奇跡」に関するエピソードによって、インド北部の州ではババ師の信奉者が急増している。

今月初めに群衆でごった返す会場で行われた集会には、ババ師の言葉に耳を傾けようと25万人が殺到し、インド国内では史上最悪規模の転倒事故が発生した。

「無垢の長老」と呼ばれるブホレ・ババ師は、スラジュ・パル・シンという名で、被差別階級であるジャタブ(Jatav)の家庭に生まれた。2000年に警察を離れると、膨大な信奉者が期待する奇跡的な治癒行為やスピリチュアルな助言を与えるヒンズー教の説教師やグルの列に加わった。こうした説教師やグルは、カリスマ的な行者を意味する「ゴッドマン(神人)」と呼ばれることが多く、その影響力の強さゆえに政治家が接近する例もよく見られる。   

1960年代後半にビートルズがマハリシ・マヘシュ・ヨギ師のアシュラム(僧院)に何日も滞在したように、世界的な著名人にも信奉者がいる。インド国外まで進出するグルもいて、その最も有名な例は、1980年代初頭に米国で生活し説教活動を行ったオショー師である。

こうした人物のほとんどには奇跡を起こす能力がある、と信奉者は考えている。

冒頭のラムクマリさんは「ババ師の初期の集会に足を運んで、何カ月も前から腎結石のせいで慢性的な痛みがある、と訴えた」と語る。ラムクマリさんは、ウッタルプラデシュ州バハドゥルナガル村でババ師の隣人だった。ババ師はこの村の生まれで、今も家が残っている。

村はわずか50戸ほどの規模で、トウモロコシや小麦、コメを栽培する田畑に囲まれている。村はずれには、ババ師の信奉者が運営する、白く輝く広大なアシュラムがある。

「ババ師は微笑み、私の背中を軽くたたいて祝福した。それからまもなく、腎結石は消えてしまった」とラムクマリさん。フルネームは教えてもらえなかった。

やはり同じ村で暮らすスラジュムキさん(55)は、ババ師の祝福のおかげで、7人女児が続いた後、男児を産むことができたという。インドの家庭の多くでは男児が歓迎される。

「どうしても男の子が欲しかった」とスラジュムキさん。「そこで夫とともにババ師に会いに行った。ババ師は私にいくつかのマントラを唱えるように指示し、水を与えて飲ませ、背中を軽くたたいた。9カ月後、男の子を授かった」

隣の簡易寝台には、ババ師の姉であるソンカリさんが、やせ衰えた身体を横たえている。「あれは奇跡だった」

現在、正式には「ナラヤン・サカル・ハリ」という名で知られるババ師は、家族や信奉者によれば現在72才前後と推定されている。信奉者は、インドのウッタルプラデシュ、ラジャスタン、ハリヤナ、マディヤプラデシュの各州に広がっている。    

<神への回路>

ラムクマリさんなど子どもの頃からババ師を知る隣人2人によれば、ババ師が現在の道を歩み始めたのは、約25年前のある晩、聖霊に超自然的な力を授けられる夢を見たのがきっかけだった。その後、アグラ市の警察を辞し、説教活動を開始したという。

ババ師はその後、自分には神と直接つながる回路があり、神聖な祝福を人々に伝えることができると主張するようになった。

「それからまもなくスラジュ・パルは車を連ねて村に入ってくるようになり、皆が、彼はこれから『ババ(父の意)』と呼ばれることになると言った」とラムクマリさんは話した。

ババ師への直接の取材はできなかった。ババ師はロイターと提携するANIに、転倒事故を悲しんでおり、側近が負傷者と死亡者の遺族への支援を行う、と述べた。

ババ師の集会で2日に発生した転倒事故では、女性を中心に121人の死者と多数の負傷者が出た。仮設の屋根を設けた水田跡にはババ師の言葉を聞こうと約25万人が集まり、会場を離れようとした同師の車を追った群衆のなかで将棋倒しが起きた。

警察は、当局が許可した参加者数は8万人だけで、集会の開催に関わったババ師の側近6人が逮捕されたとしている。主催者は5日に警察に出頭した。

警察によれば、ババ師の名が広まり始めた当初、同師は「死者をよみがえらせることができる」と主張し、遺族に奇跡を約束し、火葬場から16才の少女の遺体を引き取ろうと試みたことさえあったという。このときは警察の介入があり、この件はまもなく終了した。 

ポスターやユーチューブに投稿された動画では、ババ師はたいていのゴッドマンの質素なイメージからは離れ、クルタと呼ばれるインド伝統のチュニックか真新しい白のスーツとネクタイを身にまとい、サングラスを着用していることも多い。    

もっとも、シュリ・シュリ・ラビ・シャンカール師やサドグル師など、インド国内の他のグルやゴッドマンに比べれば、ババ師の影響力はまだ小さい。ヨガ指導者のババ・ラームデーブ師は、ナレンドラ・モディ首相とも親しいとされており、近年ブームを呼んでいる消費財ブランド「パタンジャリ」を経営している。

やはりゴッドマンと呼ばれたアサラム・バプ、グルミート・ラム・ラヒム・シンの2人は、何年にもわたり説教やアシュラムに何千人もの信奉者を集めていたが、それぞれ別のレイプ罪容疑で有罪判決を受けて収監された。

<人々に希望を与える>

社会学者らによれば、こうしたグルは多くの場合、治癒の力を備えていると信じられており、貧困層や病人、社会的に不遇であると感じている人々の間で特に人気がある。

ウッタルプラデシュ州にあるラクナウ大学のディプティ・ランジャン・サフ社会学部長は「人々は経済的・社会的な、またそれ以外の不安を抱えている」と話す。

「失業、貧困、差別、無知、無学といった問題が絡んでいる。こうした人々はゴッドマンに希望を見出し、何か奇跡が起こるのではないかと期待する」

ジャワハルラール・ネルー大学(ニューデリー)で社会科学を教え、この主題について研究を進めてきたスリンデル・シン・ジョドカ氏は、「人々は自分の生活に何らかの意味を求めている」として、そこにゴッドマンの介在する余地が生じると語る。

「人々は喪失感を味わっており、他者との一体感を抱き、孤独感を解消できるような何らかの意味を求めている」とジョドカ氏は言う。「人々はそれに希望を見出し、その意味を信じようとしている」

(翻訳:エァクレーレン)

*13日に配信した記事で、見出しを修正して再送します。

ロイター
Copyright (C) 2024 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

あわせて読みたい
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、豪首相と来週会談の可能性 AUKUS巡

ワールド

イスラエル、ガザ市に地上侵攻 国防相「ガザは燃えて

ビジネス

カナダCPI、8月は前年比1.9%上昇 利下げの見

ビジネス

米企業在庫7月は0.2%増、前月から伸び横ばい 売
あわせて読みたい
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本の小説36
特集:世界が尊敬する日本の小説36
2025年9月16日/2025年9月23日号(9/ 9発売)

優れた翻訳を味方に人気と評価が急上昇中。21世紀に起きた世界文学の大変化とは

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェイン・ジョンソンの、あまりの「激やせぶり」にネット騒然
  • 2
    ケージを掃除中の飼い主にジャーマンシェパードがまさかの「お仕置き」!
  • 3
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる」飲み物はどれ?
  • 4
    腹斜筋が「発火する」自重トレーニングとは?...硬く…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 7
    「日本を見習え!」米セブンイレブンが刷新を発表、…
  • 8
    「なにこれ...」数カ月ぶりに帰宅した女性、本棚に出…
  • 9
    「この歩き方はおかしい?」幼い娘の様子に違和感...…
  • 10
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 1
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影...目覚めた時の「信じがたい光景」に驚きの声
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれば当然」の理由...再開発ブーム終焉で起きること
  • 4
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 5
    【クイズ】次のうち、飲むと「蚊に刺されやすくなる…
  • 6
    科学が解き明かす「長寿の謎」...100歳まで生きる人…
  • 7
    「二度見した」「小石のよう...」マッチョ俳優ドウェ…
  • 8
    【クイズ】世界で1番「島の数」が多い国はどこ?
  • 9
    埼玉県川口市で取材した『おどろきの「クルド人問題…
  • 10
    観光客によるヒグマへの餌付けで凶暴化...74歳女性が…
  • 1
    「4針ですかね、縫いました」日本の若者を食い物にする「豪ワーホリのリアル」...アジア出身者を意図的にターゲットに
  • 2
    【クイズ】世界で唯一「蚊のいない国」はどこ?
  • 3
    「まさかの真犯人」にネット爆笑...大家から再三「果物泥棒」と疑われた女性が無実を証明した「証拠映像」が話題に
  • 4
    信じられない...「洗濯物を干しておいて」夫に頼んだ…
  • 5
    「最悪」「悪夢だ」 飛行機内で眠っていた女性が撮影…
  • 6
    「レプトスピラ症」が大規模流行中...ヒトやペットに…
  • 7
    「あなた誰?」保育園から帰ってきた3歳の娘が「別人…
  • 8
    「中野サンプラザ再開発」の計画断念、「考えてみれ…
  • 9
    「我々は嘘をつかれている...」UFOらしき物体にミサ…
  • 10
    プール後の20代女性の素肌に「無数の発疹」...ネット…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中