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特別リポート:フィリピン麻薬戦争、防犯カメラに映った真実

2017年12月06日(水)17時04分

 11月27日、警察の報告書は明快だった。フィリピン首都マニラの貧困地区で、3人の男性に麻薬取締官が発砲して負傷させ、病院に「緊急搬送」したが、運ばれた時にはすでに死亡していた、と記してある。写真は事件発生現場に座る男性。マニラで10月13日撮影(2017年 ロイター/Dondi Tawatao)

Clare Baldwin and Andrew R.C.

[マニラ 27日 ロイター] - 警察の報告書は明快だった。フィリピン首都マニラの貧困地区で、3人の男性に麻薬取締官が発砲して負傷させ、病院に「緊急搬送」したが、運ばれた時にはすでに死亡していた、と記してある。

だが、ロイターが入手した防犯カメラによる映像を見ると、10月11日正午過ぎにバランガイ(最少行政区)19区で発生した状況は、彼らの説明とまったく異なっている。

映像では、負傷した男性たちを警官が運び出すまでに、少なくとも25分かかっている。病院に搬送するために、彼らの腕と足を持った警官たちが、ぐったりした身体を人力三輪車に運び入れる様子が映し出されているが、生きている兆候は見受けられない。

フィリピンのドゥテルテ大統領が昨年6月の就任以来、最重要課題として掲げている「麻薬撲滅戦争」に取り組むなか、この映像は、警官による殺害に関する公式見解の信ぴょう性に対して、新たな疑問を投げかけている。

ロイターは6月、麻薬取り締まり作戦を遂行中の警官から銃撃され、病院搬送時に死亡した犠牲者が、数百人に達していると報じた。

救命に努めたと警察は説明するが、遺族や目撃者は、殺害現場を混乱させ、司法手続きを経ずに「処刑」した事実を隠ぺいするために、警察が遺体を病院に運んでいる、と主張している。

就任以来ドゥテルテ大統領が率いる麻薬撲滅作戦の下で、警察は少なくとも3900人を射殺。すべて正当防衛だった、と説明している。自警団員によるものとみられる数千人の殺害についても、人権活動家は警察の関与を主張するが、当局は一切の関与を否定している。

今回防犯カメラが捉えた現場にいた目撃者は、犠牲となった男性3人は、警察が説明するように正当防衛で撃たれたのではなく、処刑されたのだ、とロイターに語った。殺傷力のある武器の使用は正当防衛の場合に限ると警察は主張するが、ロイターの取材で、警官が裁判を経ることなく人々を処刑している状況が浮かび上がってきた。

防犯カメラの映像は、警察の説明と矛盾しているだけではない。

麻薬撲滅戦争で採用されている別の手法についての証拠も提示している。それは、こうした犯罪現場で、警官の手により防犯カメラが無力化されているという実態だ。防犯カメラ4台で同時に撮影された今回の映像では、警官1人が、その場を捉えていたカメラの向きを変えて、現場が映らないようにしている様子が記録されていた。

警察は、自分たちの行動を暴露する映像の危険性を理解している。麻薬撲滅戦争に従事する現役指揮官は今年、麻薬撲滅戦争で殺害を計画する地域では、地元当局者と共謀して防犯カメラの電源を切っている、とロイターに語っていた。

ロイターは4台の防犯カメラすべてから映像を入手。それぞれが違う角度から現場を捉えているおり、警察による作戦の一部始終を示す、かけがえのない記録となった。今回の事件映像はすでにフィリピンの放送局GMAによって一部が放映されている。

今回の取り締まりを遂行した警察署のサンチアゴ・パスキュアル署長は、「作戦は適法なものだ」とロイターに回答。内部調査では署員が適切な執行手続に従っていたことが分かっており、丸腰の男性に対して警官が銃撃したいう目撃者の証言は「不正確で根拠がない」と断じた。

<高まる不安>

今回の事件発生の前日となる10月10日には、ドゥテルテ大統領が、麻薬撲滅作戦は、国家組織であるフィリピン麻薬取締庁に任せるよう警察に指示していた。

同大統領が警官に対して麻薬戦争の遂行をやめるよう公式に伝えたのはこれで2度目だ。1月後半には、警官が韓国人ビジネスマンを拉致、殺害したと報じられたことで、警察による作戦中止を発表。だが1カ月後には、麻薬が再び出回り始めたとして、それを撤回している。

「正確な説明責任に注意を向けることで、この麻薬取り締まり作戦・キャンペーンに秩序をもたらしたい」とドゥテルテ大統領は直近の通達で述べている。

警察による残虐行為に対する世論の批判が高まるなか、今回の発表は行われた。マニラの世論調査会社ソーシャル・ウェザーステーションズによる調査では、警察への不信や、その残酷な手法に対する不安が高まっていることを示している。フィリピン社会に強い影響力を持つカトリック教会も、こうした警察手法を批判している。

警官や自警団による殺害を撮影した防犯カメラ映像がオンラインで出回たことを受けて、大統領の血なまぐさい麻薬戦争に対する国民の不安は高まっている。8月には、17歳の男子学生キアン・ロイド・デロス・サントスさんの殺害映像が公開され、目撃者の証言を裏付けたことで暴動が発生した。

警察はこの時、サントスさんが発砲してきたため、正当防衛で撃ったと説明していたが、目撃者は、丸腰の少年をマニラ北部のゴミだらけの路地に連れ込んだ警官が、少年の頭部を撃ったと主張していた。

公開された映像には、少年の遺体が発見された場所に、警官2人が誰かを引き立てていく場面が映っていた。少年の葬列は、麻薬撲滅戦争に対する過去最大の抗議行動へと発展した。

今回19区の映像に映っていた警官は、報告書によれば、マニラ第2警察署の麻薬対策部門所属だという。映像にハッキリと映っている15人の警察官のうち、マスクを着用しているのは1人だけだ。

同報告書によれば、ロランド・カンポさん(60)から麻薬を買った覆面捜査官が、応援を求める合図を出したところ、カンポさんが「(警官の)気配を察し」、仲間のシャーウィン・バイタスさん(34)とロニー・セルビトさん(18)に銃を抜いて撃つよう命じた、とある。

警察は反撃し、3人が「致命傷を受けた」というのがその内容だ。

だが映像を見ると、カンポさんは警察が到着する数分前に近所の人々と談笑しており、報告書にあるように覆面捜査官に麻薬を売っている様子はない。

<「命令に従っただけ」>

警察の作戦も、おとり捜査のようには見えない。映像に映る警官たちは、ほとんどが私服で、その大半は明らかに武器を携行しており、一部は防弾ベストも着用している。彼らはカンポさんやバイタスさんの住む路地を通ってこのエリアに入った。銃撃が始まる7分前、彼らは犠牲者の家からよく見える場所を通過している。

バイタスさんの妻アーリーン・ギバガさんは、銃撃を目撃したとロイターに語り、殺された3人の男性は丸腰だったと述べた。3人の幼い子どもを持つギバガさんは、「銃を買うような余裕はない」と言う。また、夫のバイタスさんは、麻薬取引を行っていないと述べた。

自宅隣の路地に住む男性を拘束した警察は、彼女にバイタスさんの身分証明書を提出するよう求めたという。彼女が夫の身分証明書を提示すると、警官1人が「確定だ」と叫び、警官たちはバイタスさんに発砲を始めた、とギバカさんは語る。

警察官たちがバイタスさんを撃つのを見て、「夫に何をするの」と悲鳴を上げた彼女は、「報告してやる。ここには防犯カメラがあるのだから」と叫んだ。すると、警察官1人が今度は彼女に銃を向け、家に入るように告げたという。

映像には、警官が3人の男性を撃つところは映っていないが、警官1人が、画面外の標的に対して射撃を開始しているように見える。それからカンポさんが仰向けに倒れる格好で画面に入り、地面に叩きつけられた。彼の腕はしばらく動いているが、やがて動かなくなった。

1分も経たないうちに、銃撃場面を捉えたカメラは実質的に機能しなくなった。誰かがカメラを壁側に向けてしまったのだ。2番目のカメラには、警官が手を伸ばし、カメラの向きを動かす様子が映っている。

パスキュアル署長は、カメラの向きを動かしたのは「正当な治安上の理由」によるもので、作戦に邪魔が入らないためだと言う。

署長は声明で、報告書の説明を繰り返した。「容疑者がまず銃を抜いて、捜査員を撃った」ため、正当防衛で撃ち返した、というものだ。

ギバガさんはその日遅く、マニラ第2警察署で「苦情を申し立てても無駄だ」と署員に言われたと語る。その署員は彼女に、「あなたが戦おうとしている相手は政府だ」と告げたという。「私たちに腹を立てないでくれ。単に命令に従っているだけなのだから」

(翻訳:エァクレーレン)

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