ニュース速報

ワールド

アングル:南シナ海仲裁判断、なぜ重要か

2016年07月12日(火)18時18分

 7月11日、常設仲裁裁判所は、南シナ海の大半に主権が及ぶとする中国の主張に反発してフィリピンが提訴した仲裁手続きについて、12日に判断を下す。写真は、スプラトリー諸島のヒューズ礁とみられる衛星画像。米戦略国際問題研究所(CSIS)が運営するサイト「アジア海洋透明性イニシアチブ」が2月に提供(2016年 ロイター/CSIS Asia Maritime Transparency Initiative/DigitalGlobe/Handout via Reuters/File Photo)

[香港/アムステルダム 11日 ロイター] - オランダ・ハーグの常設仲裁裁判所は、南シナ海の約90%に主権が及ぶとする中国の主張に反発してフィリピンが提訴した仲裁手続きについて、12日に判断を下す。

以下にいくつか重要ポイントを挙げた。

1.なぜ仲裁裁判所の裁定は重要なのか。

フィリピンによる提訴は、南シナ海の領有権をめぐる争いで、初めて法的に異議申し立てられたケースだ。重要な国際海上交通路にまたがる南沙(英語名スプラトリー)諸島を中心に、南シナ海は長い間、緊張状態にあり、近年はその度合いが一段と高まっている。

中国、台湾、ベトナム、マレーシア、ブルネイが、スプラトリー諸島とその周辺海域、あるいは周辺海域の領有権を主張している。中国、台湾、ベトナムは、南シナ海北方の西沙(同パラセル)諸島を自国の領土だと主張している。

南シナ海の領有権問題によって、台頭する中国と長年支配者として振るまってきた米国は、同海域で政治的・軍事的に激しい争いを続けている。中国が拡張する自国海軍の活動領域を見据える一方、米国は日本やフィリピンといった従来の安全保障上の同盟国だけでなく、ベトナムやミャンマーのような新たな友好国との関係を強化している。

中国専門家らは、海南島を拠点とする潜水艦が同国の核抑止力にとって今後決定的に重要となることを考えれば、南シナ海の重要性は増すばかりだと指摘する。

2.裁判に何が関係するか。

フィリピンは2013年、中国の主張が国連海洋法条約(UNCLOS)に違反し、同条約で認められた200カイリの排他的経済水域(EEZ)に含まれる南シナ海で開発を行う自国の権利が制限されているとして、仲裁裁判所に提訴した。

中国は、フィリピンの提訴によって審理を進められることに対して繰り返し警告し、聴聞会への参加も拒否してきた。裁判官を任命する権利も無視している。仲裁裁判所には権限がなく、南シナ海における中国の歴史的権利と主権は、UNCLOSが定められるより以前から存在していると同国は主張。

UNCLOSは主権に関する問題は扱わないが、海上における行動のみならず、さまざまな地理的特徴から国が主張できることを規定している。同条約は島嶼(しょ)や岩礁から12カイリを領海とし、ヒトが持続して居住可能な島から200カイリをEEZと定めている。EEZは主権のある領海ではないが、同水域内において漁業や、石油、ガスなどの海底資源を採取する権利は与えられる。

中国とフィリピンを含む167カ国がUNCLOSに署名している。米国はそのなかに含まれていないが、南シナ海における海上パトロールなどにおいて、同条約を国際的な慣例法として認識している。

3.カギを握るのは何か

フィリピンによる提訴は、自国がEEZを利用する権利を明らかにしようとする約15の項目から成る。中国によるスプラトリー諸島の7つの岩礁における埋め立てや人工島の造成だけでなく、漁業や浚渫(しゅんせつ)、当局による監視などの活動に対しても異議を申し立てている。

また、黄岩島(同スカボロー礁)を中国が実効支配していることに対しても異議申し立てを行っており、スカボロー礁が完全にフィリピンのEEZ内であるとする判断を求めている。

南シナ海の大半に主権が及ぶとの主張において、中国が基準としている「九段線」の合法性をめぐる裁定は、どのような内容であれ、注視されるだろう。九段線は他の国々のEEZに交わっており、東南アジア海域の中心部にまで深く入り込んでいる。

フィリピン側の弁護団はまた、スプラトリー諸島における島嶼や岩礁などのどれもEEZを主張するほど十分ではないと主張している。

4.次に何が起きるか。

裁定結果には法的拘束力があるものの、UNCLOSは執行機関を持たず、専門家らによると、中国が判断を無視した場合、どうなるかはまだ分からないという。実際の主権をめぐる裁定に関わるケースは、該当国間の合意が必要であり、国際司法裁判所(ICJ)によって審問される。ICJによる判断は、中国が常任理事国である国連安全保障理事会が強制執行できる。

中国当局者らは、自分たちの主張を実行するため、将来的な軍事活動を排除していない。それにはスカボロー礁での人工島建設や防空識別圏の設定なども含まれる。中国は、南シナ海における米軍のさらなるプレゼンス拡大には警告を発してきた。

こうした中国の動きに対しては、米国はいわゆる「航行の自由」作戦や上空飛行を増やしたり、東南アジア諸国への防衛支援を強化したりすることで対応可能だ。米当局者が匿名を条件に語った。

領有権を主張する他国、とりわけベトナムが、中国に対して独自に提訴するかも非常に注目されている。ベトナム政府は法的選択肢を模索しており、同国の当局者らはそのような行動に出ることを排除していない。

5.常設仲裁裁判所とは何か。

1899年に設立された常設仲裁裁判所(PCA)は、最も歴史ある国際司法機関。

PCAは、中国とフィリピンが署名するUNCLOSのような国際条約の下で紛争を解決することがしばしば求められる。

南シナ海問題における手続きをボイコットしている中国は、裁判官の任命を拒否。フィリピンはドイツ国籍の裁判官1人を任命している。残りの裁判官は国際海洋法裁判所の所長が任命した。

中国は、裁判長がガーナ人、他の4人の裁判官が欧州人であることは、世界の法制度の多様性を適切に反映していないとし、自国に対して偏見を持たれる恐れがあることを示唆している。

PCAは執行力を持たず、同裁判所の裁定で勝利した該当国は通常、自国の裁判所で主張を追求するが、成果が得られないことが多い。

ロイター
Copyright (C) 2016 トムソンロイター・ジャパン(株) 記事の無断転用を禁じます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

利上げの可能性、物価上昇継続なら「非常に高い」=日

ワールド

アングル:ホームレス化の危機にAIが救いの手、米自

ワールド

アングル:印総選挙、LGBTQ活動家は失望 同性婚

ワールド

北朝鮮、黄海でミサイル発射実験=KCNA
MAGAZINE
特集:老人極貧社会 韓国
特集:老人極貧社会 韓国
2024年4月23日号(4/16発売)

地下鉄宅配に古紙回収......繁栄から取り残され、韓国のシニア層は貧困にあえいでいる

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 2

    ハーバード大学で150年以上教えられる作文術「オレオ公式」とは?...順番に当てはめるだけで論理的な文章に

  • 3

    便利なキャッシュレス社会で、忘れられていること

  • 4

    「韓国少子化のなぜ?」失業率2.7%、ジニ係数は0.32…

  • 5

    中国のロシア専門家が「それでも最後はロシアが負け…

  • 6

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 7

    止まらぬ金価格の史上最高値の裏側に「中国のドル離…

  • 8

    休日に全く食事を取らない(取れない)人が過去25年…

  • 9

    毎日どこで何してる? 首輪のカメラが記録した猫目…

  • 10

    ネット時代の子供の間で広がっている「ポップコーン…

  • 1

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 2

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なない理由が明らかに

  • 3

    攻撃と迎撃の区別もつかない?──イランの数百の無人機やミサイルとイスラエルの「アイアンドーム」が乱れ飛んだ中東の夜間映像

  • 4

    天才・大谷翔平の足を引っ張った、ダメダメ過ぎる「無…

  • 5

    「毛むくじゃら乳首ブラ」「縫った女性器パンツ」の…

  • 6

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 7

    アインシュタインはオッペンハイマーを「愚か者」と…

  • 8

    犬に覚せい剤を打って捨てた飼い主に怒りが広がる...…

  • 9

    ハリー・ポッター原作者ローリング、「許すとは限ら…

  • 10

    価値は疑わしくコストは膨大...偉大なるリニア計画っ…

  • 1

    人から褒められた時、どう返事してますか? ブッダが説いた「どんどん伸びる人の返し文句」

  • 2

    韓国で「イエス・ジャパン」ブームが起きている

  • 3

    88歳の現役医師が健康のために「絶対にしない3つのこと」目からうろこの健康法

  • 4

    ロシアの迫撃砲RBU6000「スメルチ2」、爆発・炎上の…

  • 5

    バルチック艦隊、自国の船をミサイル「誤爆」で撃沈…

  • 6

    最強生物クマムシが、大量の放射線を浴びても死なな…

  • 7

    ロシアが前線に投入した地上戦闘ロボットをウクライ…

  • 8

    「燃料気化爆弾」搭載ドローンがロシア軍拠点に突入…

  • 9

    1500年前の中国の皇帝・武帝の「顔」、DNAから復元に…

  • 10

    浴室で虫を発見、よく見てみると...男性が思わず悲鳴…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中