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アングル:AI導入でも揺らがぬ仕事を、学位より配管工めざす英国の若者

2025年12月07日(日)07時19分

労働市場では今、人工知能(AI)が業務内容を急速に変化させ、時には人間に取って代わろうとしている。英国で暮らすウクライナ出身の学生、マリーナ・ヤロシェンコさん(写真)は、長期的に安定した将来性のあるキャリアを見つけたいと考えていた。写真は11月、ロンドンで撮影(2025年 ロイター/Jaimi Joy)

Catarina Demony Marissa Davison

[ロンドン 2日 ロイター] - 労働市場では今、人工知能(AI)が業務内容を急速に変化させ、時には人間に取って代わろうとしている。英国で暮らすウクライナ出身の学生、マリーナ・ヤロシェンコさん(18)は、長期的に安定した将来性のあるキャリアを見つけたいと考えていた。

ヤロシェンコさんは現在、ロンドンのシティ・オブ・ウェストミンスター・カレッジ(CWC)で学び、配管工になるための訓練を受けている。このような技術職を選ぶ若者が英国内外で増えつつある。

ホワイトカラー労働者の仕事は肉体労働に比べ、AIや自動化に伴う打撃を受けやすいと考えられている。英国人材開発協会(CIPD)が11月に実施した調査によると、同国の雇用主の6人に1人が、AIツールの活用により、今後12カ月以内に従業員数を削減できると見込んでいる。

ヤロシェンコさんはAIについて、便利なツールだと考えている一方、配管工の実務に取って代わることはないとみている。配管工のほか電気工事士や大工、溶接工などは、その肉体的負担から多くの人に敬遠されがちな職業だ。

「AIは間違いなく、仕事を支えることになるだろう。だが、AIには不可能な、人間だけができるユニークなこともある」とヤロシェンコさんは言う。「AIには配管作業も、真のエンジニアリングも、電気工事もできない」

<高まる実践コース需要>

ユナイテッド・カレッジ・グループ傘下のCWCは、大学ではなく高等教育・訓練機関だ。工学、建設、建築環境コースへの入学者数は、過去3年間で9.6%増加した。スティーブン・デービス最高経営責任者(CEO)は、急増の背景にはAIの急成長のほか、学費に対する学生の不安感があると分析した。

若者の中には、返済義務が伴う何千ポンドもの奨学金を避けるため、大学進学を断念する人もいる。

国最大の労働組合組織「英国労働組合会議」が8月、成人2600人を対象に実施した調査によると、半数がAIが仕事に与え得る影響について懸念していることが分かった。この傾向は特に25ー35歳の年齢層で顕著に見られた。

英キングス・カレッジ・ロンドンの講師でAI研究者のブーク・クライン・ティーズリンク氏は「若者の間では今、自分の仕事が自動化されるのではないかという不安が広がっている」と語った。

ティーズリンク氏が10月に発表した研究によると、AI活用に伴う人員削減の波はエントリーレベルの職に偏っており、若者たちのキャリアアップに影を落としている。

他の大学からも同様の傾向を示す結果が報告されている。

同じくロンドンにある高等教育機関「キャピタル・シティ・カレッジ」のアンジェラ・ジョイスCEOは、建設や配管、接客業といった業界への関心が大きく伸びていると指摘した。

「熟練した専門職に就くことの価値を認識する人が増えているということだ」とジョイス氏は述べ、学位よりも見習い労働制度の方がより良い収入を得られる場合もあると続けた。

CWCのデービス氏は、AIの影響を受けるのは若者だけでなく、転職を考えている人々も、より戦略的に考える必要があると語る。多くは雇用の安定や、より高い賃金を求めているためだという。

英国家統計局によると、配管工の平均年収は3万7881ポンド(約780万4000円)、建設・建築業の熟練工の平均年収は通常3万5764ポンドだ。これは全産業を合わせた平均給与、3万9039ポンドとほぼ同額にあたる。

デービス氏は、長年の経験と優れた技術を持つ専門職では多くの場合、自身でビジネスを起こし、より高い収入を望める可能性もあると指摘した。

<技能職に新たな戦力を>

冒頭のヤロシェンコさんは、長期的に技能職に就くことを考えるもう1つの理由について明かした。現在の職人層は高齢化しており、新たな世代の需要は今後も高まり続けるだろうという点だ。

大学ではなく専門学校を選んだのは、できるだけ早く「実際に仕事をする」経験を積みたかったからだと語った。

高等教育統計局によると、英国内の学部入学者数はわずかに減りつつある。2023ー24年度は前年度比1.1%減と、約10年ぶりに減少に転じた。

ティーズリンク氏は配管工は「複雑な作業」を要するため、ロボットに置き換わるにはまだしばらく時間がかかるとの見方を示した。

ロボット技術は急速に進化しているものの、配管工などを目指す学生はまだ有利な立場にある、とCWCのデービス氏も述べた。

「配管工は時には、詰まりを解消するために便器の中に手を入れなければならないこともある。その作業をやってくれるロボットは、まだ見たことがない」

ロイター
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