コラム

盛り上がる「東電解体」論議で発送電の分離は実現するか

2011年04月07日(木)17時19分

 福島第一原発の事故をめぐって、東京電力に批判が集中している。特に深刻なのは、数兆円といわれる廃炉と損害賠償のコストである。原子力損害賠償法では1200億円までは電力会社と国の契約で賠償するが、それ以上については必要な場合に国が支援することになっている。「天災地変」の場合には免責になるが、今回の事故が免責事項に該当するかどうかについては政府首脳は否定的だ。そうすると損害賠償額が約2兆5000億円の東電の純資産を上回って、債務超過になるおそれもある。

 このため、東電を解体して再編するいろいろな案が霞ヶ関で出ている。損害賠償は全額やらなければならないので、水俣病でチッソの賠償を国が支援したように、資金繰りについては何らかの公的支援は避けられないだろう。しかし経営の破綻したチッソと違って、東電は地域独占なので経営そのものは健全だ。電力供給は止められないので、会社を清算するわけにはいかない。このため賠償と廃炉などの後処理を行う「清算会社」を切り離して国が支援し、通常の営業を行う「存続会社」と別にする案が有力だ。

 問題は、そこから進んで東電の本体を分割するかどうかである。これについては経済産業省と電力会社の長い闘いがある。欧米では1980年代の通信自由化に続いて90年代には発電所と送電網の分離が進められた。日本でも2000年代に、経済産業省が割高な電気料金が日本の製造業の競争力をそいでいることに危機感を抱き、送電網を電力会社から分離する発送電分離を仕掛けたことがある。

 しかし電力会社は、強力な政治力でこれに抵抗した。9電力全体で10兆円以上の売り上げをもつ電力会社は財界の中心であり、各選挙区でも最大級の企業である。豊富な政治献金と労使から出している系列議員の力を使い、マスコミにも多額の広告費を出すことによって批判を抑え込んできた。

 特に2001年に起こったエンロン事件は、電力自由化を悪用して巨額の利益を上げるからくりを明るみに出し、2003年に起こったニューヨークの大停電は「発送電の分離によって電力供給が不安定になる」という電力会社の主張を裏づけるように見えた。経産省と電力業界のつばぜり合いの末、工場などが電力を電力会社に売る「売電」は自由化されたものの、送電網の分離は実現しなかった。その結果、売電の実績は送電量の1%程度しかない。送電網の利用料が高すぎるからだ。

 これは昔の通信業界によく似ている。80年代に日本の電話料金は世界一高いといわれ、政府の第二次臨時行政調査会が、中曽根内閣のときNTTの分割・民営化を提言した。しかしNTTは労使の強力な政治力で臨調答申の実施を阻止し、民営化はしたが分割は拒否した。その後もNTTの経営形態問題は何度も蒸し返され、1997年には持株会社方式で再編されたが、資本関係は一体のままだった。

 NTTは電話網をデジタル化するISDN(統合デジタル通信網)を進め、インターネットは「不安定で信頼できない」として拒否したため、日本のインターネットの普及は遅れた。しかし90年代後半にアメリカの外圧で電気通信事業法が改正され、アクセス網(家庭までの加入者線)の開放が義務づけられた。これによってソフトバンクなどがNTTのアクセス網を使って、低価格で高速のDSL(デジタル加入者線)に参入し、日本のインターネットは一挙に世界最大のインターネット大国になったのだ。

 送電網でも、同じようなイノベーションが起こり始めている。グーグルなどが提唱しているスマート・グリッドは、太陽光や風力エネルギーなどを電力網に統合し、インターネット技術で制御しようというものだ。こうした再生可能エネルギーの弱点は天候に左右されて不安定なことだが、その電圧や位相をコンピュータで制御して安定させ、家庭の電力計も無線インターネットでつなぎ、電力利用を遠隔制御したり、ピーク時に料金を上げて使用量を制御したりできる。

 日本の電力会社はスマート・グリッドについても「アメリカの電力網は発送電を分離したため送電会社に設備投資のインセンティブがなく、ボロボロになった。日本の送電網の信頼性は世界一で十分スマートなので、更新する必要はない」と反対してきた。しかし今回の原発事故で大規模な計画停電が発生したことは、安定供給を脅かす元凶は地域独占であることを示した。

 原子力は20世紀型の巨大・集中型エネルギーの典型だが、その時代は終わった。よくも悪くも日本で新たに原発を建設することは当分、無理だろう。今後は再生可能エネルギーや小型ガスタービンなどの小出力の発電機を各企業や家庭がもち、余った電力を売るインターネットのような低コストの分散型電力網が求められる。だがそういう競争促進を東電が行うことは考えにくく、実行すると企業価値を毀損して株主訴訟を起こされる可能性もある。

「電力のインターネット」を実現するには、送電部門を分離して東日本の送電網を一つの会社に統合するなどの抜本的な改革が必要だろう。しかし問題は政治の指導力が弱く、インターネットのときの孫正義氏のような起業家が現れないことだ。新たなエネルギー革命を起こすには、革命家が必要である。

プロフィール

池田信夫

経済学者。1953年、京都府生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『アベノミクスの幻想』、『「空気」の構造』、共著に『なぜ世界は不況に陥ったのか』など。池田信夫blogのほか、言論サイトアゴラを主宰。

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