World Voice

トルコから贈る千夜一夜物語

木村菜穂子|トルコ

世界でここだけ!ユーフラテス川のほとりに咲くトルコの黒薔薇

Halfeti で栽培されている黒薔薇

トルコ南東部にあるシャンルウルファと呼ばれる県には、世界で唯一といわれる黒バラの産地があります。黒バラで知られるこの場所は、ユーフラテス川沿いにある Halfeti (ハルフェティ) と呼ばれる小さな町。黒バラはトルコ語で Karagül (カラギュル) と呼ばれます。この Haltefi に咲く黒バラとは一体どんなバラなのでしょう。

黒薔薇とは本当に黒なのか?

黒バラといっても、実際には真っ黒なわけではありません。黒みを帯びた深紅という表現が適切なのではないかと思います。Halfeti の黒バラは紅で咲き始めますが、咲いているうちにどんどん黒みを帯びてくるといわれています。

この黒バラはその妖艶な色と芳しい香りで知られており、ユーフラテスの大地と独特の気候が生み出す傑作です。この特別な土壌の酸性度 (pH) が Halfeti のバラを特別な黒バラに仕立て上げます。別の場所に植えると、バラの色はもはや黒にはならなかったり、あるいは色はそのままでも香りが失われてしまったりするそうです。この黒バラは年に2回春の時期と秋の時期に咲きますが、少しでも時期がずれると収穫が終わってしまい見ることができません。

この黒バラはもともとは Old Halfeti で咲いていたものです。家々の庭にごく普通に自生していたようで、住民たちにはこれが特別なバラだという認識もなかったようです。2000 年にユーフラテス川にBirecik (ビレジク) ダムが建設されたことに伴い、Old Halfeti は水の中に沈みました。住民たちは新しいエリアの New Halfeti に移動。この黒バラも新しいエリアに移動させられました。

が、このバラの栽培は新しいエリアではうまく行かなかったようです。Old Halfeti の自然が生み出した絶妙な土壌の酸性度 (pH) や気候はその場所特有のものだったのです。黒バラは絶滅の危機にさらされましたが、この Old Halfeti の土壌と気候を再現させようという試みがなされ、現在では New Halfeti のビニールハウスで細々と栽培・収穫されています。

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黒バラが栽培されているビニールハウス ‐ 筆者撮影

トルコ南東部の開発の一環として建設されたビレジク・ダム。開発に伴い生活の質は向上するかもしれませんが、失われるものも出てきます。絶滅は免れたものの、Old Halfeti で咲いていたオリジナルの黒バラは New Halfeti で咲く今の黒バラよりさらに深い色をしていたのではないかと個人的には思います。当時の写真もありませんし、あくまで推測するしかありません。

Halfeti の黒バラの歴史とは

この黒バラですが、もともとはフランスから持ち込まれたという説もあります。「ルイ 14 世」という名前の黒バラがその起源だという説です。このルイ 14 世というバラは 1859 年にフランスで作出され、当時の王様の名前にちなんで名づけられました。このバラがユーフラテスの独特の大地でさらに黒みを帯びた種類へと変化を遂げたのかもしれません。

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Halfeti の黒バラ ‐ 筆者撮影

Halfeti の黒バラの収穫

この Halfeti の黒バラの知名度は、残念ながらトルコ国内でもそれほど高くありません。とはいえ、その芳しい香りに目をつけたのが英国の香水メーカー ペンハリガン(PENHALIGON'S)。Hafetiの黒バラを原料にした香水が「Halfeti」という名前で売られています。

私はこれまでに何度も Halfeti を訪れていますが、今年初めて黒バラの収穫の時期に合わせて訪問できました。全盛期とはいえ、バラが咲き乱れている様子は見ることができません。Old Halfetiで咲いていたころはあちこちの庭で咲き誇っていたと思われますが、現在は観賞用としてではなく加工するために収穫されます。トルコではコロンヤ (トルコのオーデコロン) や石鹸やオイルなどに利用されます。

ですから咲いたバラから切り取られていきます。収穫は主に早朝。また、この黒バラは開ききってしまってからよりつぼみが少し開いた程度のほうが香りが強く出るそうです。ですから、バラの全盛期であってもビニールハウス内はバラの葉っぱだけが青々としている状態...。

とはいえ、今回は特別に収穫に立ち会わせていただきました。正確に言うと、早朝に収穫すべきバラを私のために残しておいてくださっていて、私の到着に合わせて収穫の様子を見せてくださいました。それにしても、この黒バラの香りのなんと芳しいこと...こんなに強い香りのバラは初めてです。とにかく酔いしれることができる香りです。

newsweekjp_20240511202640.jpg収穫された黒バラ - 筆者撮影

Halfeti の目玉ユーフラテス川のボートツアー

ユーフラテス川は世界最古の川の一つで、聖書の巻頭の書「創世記」の1章ですでにその名前が出てきます。Halfetiではユーフラテス川を下るボートツアーが楽しめます。外国からのツーリストでここを訪れる人は少なく、圧倒的に多いのは国内観光で訪れるトルコ人たち。先ほども書いたように黒バラはそれほど知名度が高くないので、トルコ人ツーリストのお目当てはボートツアーです。ツアーの長さは 1 時間半ほどで、ボートは音楽を大音響で鳴らして進みます。雰囲気がぶち壊しなので、外国人ツーリストには不評。

途中、Rumkale (ルムカレ) と呼ばれる遺跡なども見ることができます。トルコ語で「ローマ時代のお城」という意味です。アッシリア文明が栄えた時に既に存在していたようですが、現在の遺跡は主にローマ時代のものだといわれています。この Rumkale にはイエスの弟子であった使徒ヨハネが住んでいたという逸話もあるようですが、その信ぴょう性は確立されていません。

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ユーフラテス川沿いの遺跡 ‐ 筆者撮影

このボートツアーの目玉は、Halfeti Batık Camii というモスク。実はこのモスクは今では川の中に沈んでおり、ミナレットが突き出ているだけです。このエリアこそが Old Halfeti と呼ばれた場所で、ダムの建設に伴い水の中に沈んだところです。正真正銘のオリジナルの黒バラたちも水の中へ沈んでしまったかと思うと残念で仕方ありません。

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水に沈んだモスクの突き出たミナレット ‐ 筆者撮影

この Old Halfeti の水は本当に澄んでいて、泳ぐ魚を肉眼で容易に見つけることができるほどです。 ユーフラテス川の魅力に触れるのにちょうど良い長さのボートツアーとなっています。

さて、Halfeti ではこの黒バラをブランド化する動きが加速しており、ビニールハウスでの栽培の規模をさらに拡大させる計画もあるようです。この知る人ぞ知る Halfeti の黒バラが世界にもっと知られるようになることを私も願っています。

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Profile

著者プロフィール
木村菜穂子

中東在住歴13年目のツアーコンサルタント/コーディネーター。ヨルダン・レバノンに7年間、ドイツに1年半滞在した後、現在はトルコ在住4年目。メインはシリア難民に関わる活動で、中東で習得したアラビア語(Levantine Arabic)を駆使しながらトルコに住むシリア難民と関わる日々。

公式HP:https://picturesque-jordan.com

ブログ:月の砂漠―ヨルダンからA Wanderer in Wonderland-大和撫子の中東放浪記

Eメール:naoko_kimura[at]picturesque-jordan.com

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