【香港高層ビル火災】脱出は至難の技、避難経路を階段だけに頼らない新しい手段とは
The Hong Kong high-rise fire shows how difficult it is to evacuate in an emergency
11月29日、香港で瞬く間に複数の住宅棟を巻き込んだ大規模火災の跡(写真は11月30日)Vernon Yuen/Nexpher Images/Sipa USA via Reuters Connect
<マンションの高層化と居住者の高齢化が進む中で、「誰もが階段で避難できる」という従来の前提は成り立たなくなった>
香港の高層ビル火災は、急速に複数の住宅群に広がる大規模な災害となり、数十人が死亡、数百人が行方不明となった。
確認された死者数は44人に達し、300人近くが依然として安否不明。数十人が重傷を負って病院に搬送されている。
(編集部注:12月1日時点で、死者は126人、負傷者79人と伝えられている)。
この火災は、記憶にある限り香港で最も深刻なビル火災の一つであり、香港の九龍で41人が死亡した1996年のガーリービル火災以来、最悪の被害になっている。
火災現場となった高層住宅団地「ワンフック・コート」からは900人以上が避難したと報じられているが、取り残された住民が何人いるかは明らかでない。
この壊滅的な火災は、燃え上がる竹製の足場を介して建物間に延焼し、強風にあおられて勢いを増したとみられており、高層ビルにおける緊急時の避難の難しさを浮き彫りにしている。
危機が最も高まるとき
高層ビルの避難は日常的に発生するものではないが珍しいことでもない。ひとたび避難が必要な状況になると、それはほとんどの場合、極めて重大な結果を招くことになる。住宅ビルや昼間のオフィスビルなど人が多い時間帯は特に深刻だ。
米同時多発テロの時のワールド・トレード・センタービル災害や、2017年ロンドンで起きた高層住宅グレンフェル・タワーの火災も類似の事例として挙げられる。
高層ビルで火災が発生した場合、何千人もの住民を何十階分も安全に降ろすことは、時間との戦いになる。
高層ビルの避難は単に「人を外に出す」だけではない。建物の物理的な限界と、ストレス下での人間の行動が障壁として立ちはだかる。
階下までの距離はあまりに長い
最大の障壁は、垂直方向の距離だ。ほとんどの建物で、信頼できる脱出経路は階段のみとなっている。
実際の避難時に人々が階段を降りる速度は、想像よりもはるかに遅い。訓練では毎秒0.4〜0.7メートルの速度で移動するのだが、緊急時、特に火災ではこの速度が大幅に低下することがある。
2001年の米同時多発テロでは、階段を降りた生存者の多くが、毎秒0.3メートルを下回る速度だったことが記録されている。このわずかな減速が、垂直距離が長い場合には致命的な遅れにつながる。
疲労も大きな要因だ。避難が長引くほど降下速度は大きく減速する。過去の火災後の調査では、高層ビルの避難者の大多数が少なくとも1回は立ち止まったと報告している。
2010年に100人以上の死傷者を出した上海高層住宅火災では、高齢の生存者のほぼ半数が著しく減速したと答えている。
長い階段や踊り場、階段の構造が原因で混雑が起きることもある。複数の階からの人の流れが1本の階段に集中して渋滞が起きる場合もそうだ。
高齢者、身体障害者、移動に困難を抱える人、あるいはグループでの避難などは、全体の避難速度をさらに遅らせる。特に居住者の属性が多様な住宅ビルでは、人によって移動速度に大きな幅があるため、ボトルネックが生じやすい。
視界の確保も重要な要素だ。実験では、照明が不十分な場合、階段の移動速度が大きく落ちることがわかっている。煙が視界を遮る実際の火災では、足元の段差を見誤ったり、速度を調整したりするためさらに時間がかかると考えられる。
The answer is part history, part engineering and part economics. @ehsan_noroozi @westernsydneyu https://t.co/kCNIV3s3Zx
— The Conversation - Australia + New Zealand (@ConversationEDU) November 27, 2025
避難を遅らせる行動心理
高層ビルでの避難において、最も大きな遅延要因の一つは人間の行動だ。警報が鳴っても、すぐに行動を起こす人は少ない。状況を確認しようとしたり、荷物をまとめたり、家族と連絡を取ったりといった行動が優先される。
だが、避難初動の数分間は、しばしば最も大きな損失につながる。
ワールド・トレード・センターでの避難の研究では、視覚や聴覚による刺激――煙、揺れ、騒音――が多いほど、追加の情報を求める傾向が強くなることが示された。何が起こっているかの「意味づけ」の時間が避難の遅れにつながる。
人々は周囲と話したり、窓の外を見たり、家族に電話したり、アナウンスを待ったりする。曖昧な状況は、さらに動きを鈍らせる。
住宅ビルでは、家族や隣人、友人などが一緒に避難しようとするのが自然だ。グループは広がって移動しやすく、それが通行の流れを妨げることもある。ただし我々の研究では、グループが「一列縦隊」で移動すれば、より速く、場所を取らずに移動でき、他の人々も追い越しやすいことがわかっている。
こうした行動は、居住者の構成が多様な高層住宅において特に重要だ。
階段だけでは逃げられない
高層化が進み、居住者の高齢化が進む中で、「誰もが階段で避難できる」という従来の前提はすでに成り立たなくなっている。建物全体の避難には時間がかかりすぎ、多くの人々――高齢者や障害者、家族連れなど――にとって長い階段の降下は現実的でない場合もある。
そのため、複数の国では「避難階」の導入が進められている。これらは火災や煙から保護された安全なフロアで、一時的な避難場所として機能する。ボトルネックの緩和や長い行列の防止に役立ち、休息や別の階段への移動にも使える。ここで消防隊の到着を待つこともできる。
同時に、火災時にも稼働する「避難用エレベーター」の導入も進んでいる。これらは煙の侵入を防ぐために加圧されたエレベーターシャフトや、火災時でも安全に待機できる防火ロビー、予備電源などを備えており、火災時にも安全に使用できる設計となっている。
最も効率的な避難には、階段とエレベーターの併用が前提だ。その比率は建物の高さや居住密度、住民の属性によって調整される。
高層ビルでの避難では、単一の手段に依存すべきではない。階段、避難階、保護されたエレベーターを組み合わせることで、垂直方向の安全を確保する必要がある。
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Milad Haghani, Associate Professor and Principal Fellow in Urban Risk and Resilience, The University of Melbourne; Erica Kuligowski, Principal Research Fellow, School of Engineering, RMIT University, and Ruggiero Lovreglio, Professor in Digital Construction and Fire Engineering, Te Kunenga ki Pūrehuroa - Massey University
This article is republished from The Conversation under a Creative Commons license. Read the original article.
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