最新記事

東南アジア

長官はじめ全警察幹部400人超に辞表求める フィリピン麻薬汚染者を調査、問題あれば即クビに

2023年1月5日(木)16時00分
大塚智彦

その後も「ICC脱退前の捜査事項は有効」と捜査継続の姿勢をICCは示していたがドゥテルテ大統前領はICCの調査への協力を拒否して、調査官らのフィリピン入国も認めなかった。この超法規的殺人による犠牲者は2016年のドゥテルテ前大統領就任以降、警察統計では確定数で約6300人、調査中の数字では約8000人としているが、人権団体などは2万人から3万人と推計し、警察発表とは大きく食い違っている。

犠牲者の中には麻薬犯罪と無関係の少年や人違いなどが含まれているほか、一般犯罪の容疑者射殺、麻薬組織の抗争による見せしめ、個人的怨恨に基づく殺害なども含まれていることが犠牲者の数字が食い違う一因とされている。

2022年6月に就任したマルコス大統領は就任直後から麻薬問題解決を重要課題としながらも、ドゥテルテ前大統領が黙認してきた超法規的殺人という手法の見直しを打ち出しているほか、麻薬常習者のリハビリテーションと青少年などへの教育に重点を置くよう政策を転換している。

その麻薬問題解決の一環として取り締まる側の警察内部から麻薬問題を一掃するとして今回の全幹部の辞表提出という思い切った手段に踏み切った。

マルコス大統領の就任後警察は実に2万4000回を超える「囮(おとり)捜査」で約3万人の麻薬関連犯罪容疑者を逮捕する一方、殺害された容疑者は12人にとどまっていると警察はしているが、一方で地元メディアなどは約50人が殺害されたと伝えている。

ラモス大統領時代にも同様の手法

フィリピン社会に麻薬問題は深く根付いており、摘発する側の警察官による押収した麻薬の所持や使用、横流しといった関与は公然のことだった。

こうした歴史的な経緯を反映して1993年には当時のフィデル・ラモス大統領が国家警察幹部に「麻薬犯罪に関与している幹部の自主的退職を求める」として7日間の猶予を与えて辞職を勧告したことがある。

この時は審査委員会が45日後にラモス大統領に勧告を出し、その結果少将以上の将官と大佐クラスの約70人が自主的に退職したという。

このように国家警察それも幹部警察官の間に広がる「麻薬汚染」は長年深刻な問題とされてきたが、ラモス大統領後は政府による具体的な対処は実質行われてこなかった経緯がある。

それだけに今回「麻薬関連犯罪の捜査はまず身内から」というマルコス政権の「英断」に国民は大きな期待を寄せており、今後どのくらいの幹部が「辞表提出」に応じ、何人の幹部が「そのまま辞表が受理」される、つまり麻薬に汚染されていたのかが大きな注目を集めている。

otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(フリージャーナリスト)
1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

英住宅ローン融資、3月は4年ぶり大幅増 優遇税制の

ビジネス

LSEG、第1四半期収益は予想上回る 市場部門が好

ワールド

鉱物資源協定、ウクライナは米支援に国富削るとメドベ

ワールド

米、中国に関税交渉を打診 国営メディア報道
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
特集:英語で学ぶ 国際ニュース超入門
2025年5月 6日/2025年5月13日号(4/30発売)

「ゼロから分かる」各国・地域情勢の超解説と時事英語

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に高く、女性では反対に既婚の方が高い
  • 2
    マリフアナを合法化した末路とは? 「バラ色の未来が来るはずだったのに...」
  • 3
    タイタニック生存者が残した「不気味な手紙」...何が書かれていた?
  • 4
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 5
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 6
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」では…
  • 7
    インド北部の「虐殺」が全面「核戦争」に発展するか…
  • 8
    クルミで「大腸がんリスク」が大幅に下がる可能性...…
  • 9
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 10
    悲しみは時間薬だし、幸せは自分次第だから切り替え…
  • 1
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 2
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 3
    MRI検査で体内に「有害金属」が残留する可能性【最新研究】
  • 4
    中国で「ネズミ人間」が増殖中...その驚きの正体とは…
  • 5
    ロシア国内エラブガの軍事工場にウクライナが「ドロ…
  • 6
    パニック発作の原因の多くは「ガス」だった...「ビタ…
  • 7
    使うほど脱炭素に貢献?...日建ハウジングシステムが…
  • 8
    私の「舌」を見た医師は、すぐ「癌」を疑った...「口…
  • 9
    日本の未婚男性の「不幸感」は他国と比べて特異的に…
  • 10
    ポンペイ遺跡で見つかった「浴場」には、テルマエ・…
  • 1
    【話題の写真】高速列車で前席のカップルが「最悪の行為」に及ぶ...インド人男性の撮影した「衝撃写真」にネット震撼【画像】
  • 2
    日本史上初めての中国人の大量移住が始まる
  • 3
    日本旅行が世界を魅了する本当の理由は「円安」ではない
  • 4
    健康寿命を伸ばすカギは「人体最大の器官」にあった.…
  • 5
    【心が疲れたとき】メンタルが一瞬で “最…
  • 6
    間食はなぜ「ナッツ一択」なのか?...がん・心疾患・抜…
  • 7
    北朝鮮兵の親たち、息子の「ロシア送り」を阻止する…
  • 8
    中居正広は何をしたのか? 真相を知るためにできる…
  • 9
    【クイズ】世界で最も「半導体の工場」が多い国どこ…
  • 10
    自らの醜悪さを晒すだけ...ジブリ風AIイラストに「大…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中