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シリア情勢

トルコ軍がシリアに「ヒステリックな攻撃」を加えた理由とロシアの狙い

2020年3月3日(火)18時00分
青山弘之(東京外国語大学教授)

アレッポ市は2016年12月に東部地区から反体制派が排除して、ほぼ全域がシリア政府の支配下に置かれていた。だが、反体制派が西部郊外を占拠し続けたため、しばしば攻撃に晒された。また、M5高速道路とM4高速道路が反体制派に掌握されていたことで、アレッポ市への移動や輸送、ハナースィル市(アレッポ県)を経由した迂回路を利用しなければならなかった。復興や難民・国内避難民(IDPs)の帰還に本腰を入れるようになっていたシリア政府とロシアにとって、こうした状況を打開し、シリア最大の商業都市だったアレッポ市を復興プロセスに組み込むことが急務だった。

シリア・ロシア軍は順調に進軍した。2月5日にはM5高速道路とM4高速道路が交わるイドリブ県サラーキブ市(27日に反体制派に奪還されるが、3月2日に再制圧)を、そして16日にはアレッポ市西のM5高速道路以東全域と沿線地域を制圧した。それだけでなく、シリア軍はM4高速道路沿線でも制圧地を拡大していった(地図7)。

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地図7 2020年2月16日の勢力図

バッシャール・アサド大統領は2月17日のテレビ演説で次のように述べ、勝利を宣言した。
「愛国的な論理において、勝利とは不屈の抵抗の始まりとともに始まるのだ。この論理に基づけば、抵抗の初日においてすら、アレッポは勝利していたし...、シリアは勝利していた...。北からやって来る空疎な音の泡を尻目に、イドリブ県での戦いを続ける...。シリア全土を解放する戦いを続け、テロを根絶し、安定を実現する」。

だが、見返りのない軍事攻勢をトルコは黙認しなかった。トルコ軍は増援部隊を派遣して各所に新たな拠点を設置、「決戦」作戦司令室をあからさまに支援し、シリア軍に直接反撃を加えるようになった。

トルコは、欧州へのシリア難民の移動を阻止しないことを決定

一方、シリア・ロシア軍の攻撃と戦闘の激化を受けて、多くの住民が避難し、国境地帯に押し寄せた。その数は国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)の発表によると、80万人に達した。シリア・ロシア軍の残忍な無差別攻撃で住民が犠牲となる――シリア内戦でお馴染みの解釈だった。だが、住民を苦めたのは戦火だけではなかった。

トルコが国境に殺到するIDPsの入国を頑なに拒んだのだ。
すでに350万人のシリア難民を受け入れているトルコが、人道的にシリア内戦に対処してきたこと、そしてこれ以上の難民を受け入れれば、経済や社会が深刻な打撃を受けることは誰にでも理解できた。過去3回の侵攻でシリア北部を占領していったのも、国境の安全保障を確保するためだけでなく、そこにシリア難民を押し返すことで自国への負担を軽減しようとしたからだ。だが、そのための財政的な裏付けはなかった。トルコの侵攻を快く思わない欧米諸国、そしてアラブ湾岸諸国は、トルコを支援しようとはしなかった。

こうしたなか、トルコ政府は「春の盾」作戦を開始したのとまさに同じ日(2月27日)、欧州へのシリア難民の移動を阻止しないことを決定した。29日までにシリア難民37,000人あまりが欧州(ギリシャ)に殺到した。

シリア・ロシアの攻撃で新たな難民が発生し、トルコを経由して欧州に渡ったのではなかった! トルコ軍に犠牲が出ているにもかかわらず、NATO(北大西洋条約機構)の同盟国として真摯に対応しようとしない西欧諸国(そして米国)に当てつけるかのように、トルコは欧州で新たな難民危機を作り出そうとしたのである。

キングメーカーとしての地位を揺るぎないものにしようとするロシア

苦悩するトルコにもっとも配慮しているのがロシアとシリア政府だというのも皮肉なことだった。両国はシリア全土での支配回復をめざしてはいる。だが、短期的には、M5高速道路とM4高速道路の制圧を狙っているだけで、反体制派の支配地を根絶しようとはしていない。なぜなら、そうすることで、トルコに人的資源が流出すれば、復興にプラスにならないからだ。これ以上の難民を出さないという点で、三カ国の利害は一致しているのだ。トルコとロシアが戦争を行う意思がないと繰り返しているのもそのためだ。

国境に押し寄せているIDPs、そしてそれを人間の盾として抵抗を続けようとする反体制派にどのような「安住の地」が与えられるかはいまだ不透明ではある。イドリブ県の国境地帯にシリア政府の支配が及ばない緩衝地帯(ないしは安全地帯)が設置されるかもしれないし、アレッポ県北部のトルコ占領地への住民の移住が行われるかもしれない。あるいは、昨年末から報じられているシリア人戦闘員(TFSA)のリビア派遣を通じて、主戦派の活動の場が保証されるかもしれない。

しかし、こうしたシナリオが実現しないとしても、ロシアとシリア政府が得るものは大きい。
アスタナ会議において、トルコは、ロシア(そしてイラン)とともに、シリア政府と反体制派を仲介する立場にあった。だが、シリア政府とトルコが軍事的に直接対峙をすることは、シリアでの紛争において両者が対等な当事者になることを意味している。つまり、欧米諸国から正統性を否定されてきたシリア政府は、トルコと事を構えることで「昇格」し、国際社会における地位回復の布石を打つことができる。

トルコの軍事力はシリアの比ではない。だが、シリア軍が劣勢を強いられれば、ロシアが大負けを回避するために介入してくれる(ちなみに3月2日の戦況は地図8の通り)。実はこれがロシアにとって重要なのだ。なぜなら、ロシアは、トルコをシリア政府「並み」の当事者に「降格」させ、両者の仲介者として優位に立つことで、キングメーカーとしての地位を揺るぎないものにできるからだ。

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地図8 2020年3月2日の勢力図

緊張緩和地帯第1ゾーンでの戦闘で命を落とした住民、避難生活に喘ぐIDPsだけでなく、殉国したシリア軍とトルコ軍の将兵も、ロシアに利用された犠牲者なのかもしれない。

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