最新記事

東南アジア

インドネシア首都移転を大統領が正式表明 反響が薄い理由とは

2019年8月19日(月)13時00分
大塚智彦(PanAsiaNews)

過去に何度も浮上して消えた首都移転

さらに国民の関心が低く、盛り上がらない理由にジャカルタの首都移転は、実は過去にも何度も検討されそして消えて行った経緯がある"新しくて古い話"で、国民はそれをよく覚えていることもあるのだ。

初代スカルノ大統領は1957年に将来首都をカリマンタン島中カリマンタン州の州都パランカラヤに移転する構想を示したことがある。またスハルト大統領はジャカルタ南東約60キロにあるジョンゴル地区への移転を検討していた。

2009年にはスシロ・バンバン・ユドヨノ大統領が首都移転に前向きの姿勢を示したため、複数の都市が誘致活動をしたこともある。しかしいずれも実現に結びついてはいない。

こうした経緯を知る国民は「どうせまた言うだけで実現しないだろう」と感じ、それでもジョコ・ウィドド大統領なら「やるかもしれない、でもいつになるやら、自分が生きているうちではないだろう」と期待と裏腹の諦観を抱いてしまうのだという。

一方で今回首都移転先の候補地と噂され、ジョコ・ウィドド大統領が現地視察したり、マスコミで候補地とされたりした場所ではすでに土地価格が高騰しているという。国会演説で具体的地名が示されなかった理由もそうした不動産市場への影響を考慮した結果という。

こうした事情に加えて2024年までの最後の任期の5年間にジョコ・ウィドド大統領が目玉とする政策が実はあまりなく、これまでの5年間に実績を上げた空港や港湾の新築、高速道路網整備、鉄道網拡充、エネルギー供給源の確保などのインフラ整備の継続や教育制度、健康保険制の改革ぐらいしかないのが実状である。

「首都移転」という夢のような国家的巨大プロジェクトを打ち上げることで経済効果など波及する付随的効果を狙っているのだろうが、推計で230~330億ドル(約2.6~3.7兆円)という巨額の移転経費をどう賄うのかを含めて今後の難航が予想されている。

こうした歴史的背景と政治的思惑などを知れば、インドネシア人が首都移転に熱くならないというか熱くなれない理由が理解できるだろう。

「ここまで首都移転の大風呂敷を広げた以上、何かしない訳にはいかないだろう」ということから一部でささやかれているのがごく限られた一部政府機能の移転というアイデアである。

絶滅が危惧されるオランウータンの生息地でもあるカリマンタン島だけに自然保護などを司る「森林環境省」や「観光省」を移転させるという構想で、これなら時間がかかるものの実現の可能性はなくはない。

しかし熱帯雨林を約30万ヘクタール(政府試算)も切り開くという「環境破壊」を実行しての「森林環境省」移転という「矛盾を抱える計画」に世論の同意が得られるかは疑問で、難問、課題山積の首都移転計画といわざるを得ない。


otsuka-profile.jpg[執筆者]
大塚智彦(ジャーナリスト)
PanAsiaNews所属 1957年東京生まれ。国学院大学文学部史学科卒、米ジョージワシントン大学大学院宗教学科中退。1984年毎日新聞社入社、長野支局、東京外信部防衛庁担当などを経てジャカルタ支局長。2000年産経新聞社入社、シンガポール支局長、社会部防衛省担当などを歴任。2014年からPan Asia News所属のフリーランス記者として東南アジアをフィールドに取材活動を続ける。著書に「アジアの中の自衛隊」(東洋経済新報社)、「民主国家への道、ジャカルタ報道2000日」(小学館)など



20190827issue_cover200.jpg
※8月27日号(8月20日発売)は、「香港の出口」特集。終わりの見えないデモと警察の「暴力」――「中国軍介入」以外の結末はないのか。香港版天安門事件となる可能性から、武力鎮圧となったらその後に起こること、習近平直属・武装警察部隊の正体まで。また、デモ隊は暴徒なのか英雄なのかを、デモ現場のルポから描きます。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

グリア米通商代表、スイスや中米諸国などと関税協議

ビジネス

米人員削減10月に急増、22年ぶり高水準 コスト削

ビジネス

テスラ株主、マスク氏への8780億ドル報酬計画承認

ビジネス

米肥満症治療薬値下げの詳細、トランプ氏と製薬大手2
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 2
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 3
    【写真・動画】世界最大のクモの巣
  • 4
    「これは困るよ...」結婚式当日にフォトグラファーの…
  • 5
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 6
    「遺体は原型をとどめていなかった」 韓国に憧れた2…
  • 7
    NY市長に「社会主義」候補当選、マムダニ・ショック…
  • 8
    「なんだコイツ!」網戸の工事中に「まさかの巨大生…
  • 9
    クマと遭遇したら何をすべきか――北海道80年の記録が…
  • 10
    約500年続く和菓子屋の虎屋がハーバード大でも注目..…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎の存在」がSNSで話題に、その正体とは?
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 5
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 6
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 7
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 8
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    「不気味すぎる...」カップルの写真に映り込んだ「謎…
  • 5
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 6
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中