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二国家解決

中東和平交渉は後退するのか──トランプ発言が意味するもの

2017年3月9日(木)17時30分
錦田愛子(東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所准教授)

「二国家解決」を否定する動き

しかし現実は、理想とされた二国家解決とは別の方向にすでに進行してしまっている。パレスチナ自治区の一部を構成するヨルダン川西岸地区内には131箇所の入植地、97箇所の非合法アウトポストが存在し、入植者人口は38万人を超える。これに係争地である東エルサレムの入植者人口を合わせると60万人近いユダヤ人が、イスラエル国家の領土と称してパレスチナ自治区内に住んでいることになる。イスラエル側が行政権、警察権をともに握る自治区内のC地区は、ヨルダン川西岸地区の59%を占める。出稼ぎや物流を含め、パレスチナ自治区の経済はイスラエル経済に完全に依存した状態にある。

こうした状態を指してPLO事務局長のサーエブ・エリーカートは、1月末のCNNのインタビューで、占領によりパレスチナでは既に「一国家の現実」が存在していると指摘していた。これはパレスチナ側にすでに広く流布した共通認識といえるだろう。昨年12月にパレスチナ政策研究所(PSR)らが実施した合同世論調査で、二国家解決を支持するパレスチナ人の割合は44%と、既に半数を切っている。

イスラエル側でも、二国家解決を否定する声が強まっている。こちらはむしろ、政策的に積極的な意味で、パレスチナ国家の樹立を拒否する立場からだ。渡米前、ネタニヤフ首相は直前まで、トランプ大統領との会談での協議内容について閣内での議論を続けた。

なかでも右派政党「ユダヤの家」党首ナフタリ・ベネットは強固に「二国家」に反対し、会談で「パレスチナ国家」に言及しないことを求めた。彼は同じ党のアイェレト・シャケッド法相とともに、トランプ当選後は二国家解決路線を終わらせる好機だと捉え、ネタニヤフ首相に対パレスチナ政策の再考を求めてきた。それまで強硬派とみられてきたアヴィグドール・リーバーマン国防相ですら条件付で二国家解決の受入を表明し始めていたのとは対照的な動きだ。

今回のトランプ・ネタニヤフ会談は、こうしたベネットをはじめとするイスラエル国内右派にとっては意味の大きな展開だったといえよう。

だが今後の具体的な方向性は、まだ示されてはいない。二国家解決というタガが外され、今後の交渉の道筋がオープンエンドになったと捉えるとしても、その将来像は不透明なままだ。その不安が、今回のトランプ発言に対して敏感な反応を、諸方面で巻き起こしたとみることもできるだろう。

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