最新記事

軍縮

オバマ広島訪問、核なき世界への一歩になるか?

2016年5月26日(木)10時23分

 5月20日、日米両国は、オバマ大統領の広島訪問を、強固な日米同盟の証しと世界の非核化への一歩として位置づける。写真は原爆投下後の1945年11月に米陸軍によって撮影された元広島県物産陳列館(現原爆ドーム)付近(2016年 ロイター/広島平和記念資料館提供)

1945年8月6日、広島に原子爆弾が投下され、大勢の人々の命が一瞬にして奪われた。この年の年末までには約14万人が死亡した。

オバマ米大統領は27日、安倍晋三首相に付き添われ、現役の米大統領として初めて、世界初の被爆地となった広島を訪問する。

日米両国は、オバマ大統領の広島訪問を、強固な日米同盟の証しと世界の非核化への一歩として位置づける。しかしこれは、過去の戦争をめぐる恣意(しい)的な記憶喪失と核政策に関するパラドックスだと批評する人々もいる。

オバマ大統領の側近は、大統領が謝罪しないと述べた。また、核不拡散を自らの政策課題の柱にし、2009年にはノーベル平和賞を受賞したオバマ大統領だが、広島と長崎への原爆投下の正当性をめぐる議論にはくみしないとみられている。

広島への原爆投下から3日後の1945年8月9日には、長崎にも原爆が落とされた。日本はその6日後に降伏した。

米国人の大多数は、原爆投下が戦争を終結させ、多くの米国人と日本人の命を救うために必要だったと考えている。とはいえ、歴史家の多くはこうした見方を疑問視している。ほとんどの日本人は、原爆投下が不当だと思っている。

日米の当局者は、両国のリーダーが戦争の犠牲者を追悼するとともに、過去を掘り起こすのではなく、現在と未来に焦点を当てる方針を明確にしてきた。

元外交官の沼田貞昭氏は「戦争犠牲者、とりわけ原爆犠牲者への追悼を継続する過程の中で、また世界で核兵器廃絶を目指そうとしている過程の中で、これは重要な出来事だ」と述べた。

「世界的な反響がある未来志向のアジェンダに焦点を当てるため、両国は熱心に取り組んできた」

謝罪表明がないにしても、オバマ大統領の広島訪問は原爆投下の人的損失がどれほど大きいのかを浮き彫りにするほか、日本に対し、自らの戦争責任と残虐行為を率直に認めるようプレッシャーを与えてくれると期待する者もいる。

日本の度重なる謝罪にもかかわらず、隣国の中国と韓国は、日本が先の戦争についてより真摯(しんし)に反省する必要がある、と度々不満を述べてきた。

「言外に込められた意味の1つとしては、『私が広島に行き、米国内で批判を浴びるのであれば、あなた方ももう少し努力して過去の行為を認めてもいいのではないか』と日本の現職と将来の指導者らに伝えることだ」と、ある米当局者は匿名を条件にこう話した。

大統領の広島訪問は、ホワイトハウスでも熱く議論された。とりわけ、今年が大統領選挙の年となり、国内的に予期せぬ負の結果がもたらされる不安があるため、なおさらだった。

安倍政権は歴代内閣が過去に表明した謝罪を踏襲してきた。しかし、将来の世代に謝罪を続ける宿命を背負わせてはならないとしている。

「私たちは、(日米の)和解を成功裏に進めてきた。戦争がなぜ起きたのかについては、歴史家に任せたい」。元外交官の宮家邦彦氏はこう述べた。

オバマ大統領が謝罪しなければ、日本は被害者意識を持ち続けることになるとの批判の声も上がっている。

「日本政府が今行っていることは、日本兵が残虐行為を働き、日本が国全体として侵略戦争を行ったことの否定だ。政府は日本の戦争行為を浄化しようとしている」と、広島平和研究所に勤務する歴史家、田中利幸氏はこう述べた。

一方、核軍縮の賛成派は、オバマ大統領の訪問が、滞っている交渉プロセスに新たな息吹をもたらすと期待している。

広島県の湯崎英彦知事は「今、核兵器廃絶に向けた動きが停滞している中で、もう一度それを再起動してゆくという契機になる」と述べた。同知事は、オバマ大統領に謝罪を執拗に要求していたならば、広島訪問が実現しなかったとの見方も示した。

しかし、オバマ大統領が核軍縮に向け、ほんのわずかな進展しか見せておらず、米国の核兵器の近代化に多大な支出をしていると批判する人たちもいる。

「議論の余地はあるかもしれないが、核なき世界の実現は、オバマ大統領が就任したときよりも、難しくなっている」と、ブッシュ前政権下でアジア政策のアドバイザーを務めたリチャード・フォンテーン氏は、あるシンクタンクの会合でこう述べた。

オバマ大統領の側近は、1期目にロシアと核兵器を大幅に減らす新戦略兵器削減条約(新START)を締結し、昨年はイランと核兵器に関する合意に至るなど、具体的な業績を成し遂げたと反論する。

日本は、世界で唯一の被爆国として独自の立場を強調し、軍縮を唱えている。しかし、拡大抑止力として米国の核の傘に頼っている。

また、日本は核兵器所有が自らの平和憲法に反することはない、との立場を長年維持している。しかし、核兵器所有の可能性は除外している。

結局のところ、オバマ大統領の広島訪問は、心理検査ロールシャッハ・テストのようなものかもしれない。それは、見る人の傾向によって、物の見方も変わってしまう。

「反オバマ派は、謝罪が実際になくとも、『謝罪旅行』と呼ぶだろう」と、マサチューセッツ工科大学のリチャード ・サミュエルズ教授はみている。

「戦争とその結果については、誰もがとがめられるべきだとオバマ大統領が主張しても、日本のナショナリストは、大日本帝国と日本国民の正当性を裏づけるものだと宣言するだろう。そして、米国の新たな投資や核抑止力をオープンに受容する日本の姿勢にもかかわらず、平和主義者は核兵器廃絶に向けた一歩とみなすだろう」

(Linda Seig記者、Matt Spetalnick記者、翻訳:高橋浩祐、編集:伊藤典子)



[広島 20日 ロイター]


120x28 Reuters.gif

Copyright (C) 2016トムソンロイター・ジャパン(株)記事の無断転用を禁じます

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

トランプ氏、ウクライナへのトマホーク供与検討「して

ビジネス

バークシャー、手元資金が過去最高 12四半期連続で

ビジネス

米、高金利で住宅不況も FRBは利下げ加速を=財務

ワールド

OPECプラス有志国、1─3月に増産停止へ 供給過
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「今年注目の旅行先」、1位は米ビッグスカイ
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 5
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつか…
  • 6
    筋肉はなぜ「伸ばしながら鍛える」のか?...「関節ト…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 9
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 10
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 4
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 5
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 6
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 10
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中