最新記事

国際関係

ドイツとロシアの恋の行方

新たに生まれた意外な「大物カップル」の微妙なパワーバランス

2009年8月31日(月)15時12分
オーエン・マシューズ(モスクワ支局)、シュテファン・タイル(ベルリン支局)

 ヨーロッパに奇妙なカップルがいる。復活したロシアをヨーロッパの大半が牽制し、敬遠し、懲らしめる戦略を模索している時期に、ドイツはこの国と冷戦後のヨーロッパで最も重要かつ意外な連携を推し進めているのだ。

 かつては強敵同士だったドイツとロシアが原子力から自動車産業まで次々と大きな商取引をまとめている。エネルギー分野ではヨーロッパの大半はロシアへのエネルギー依存を断ち切ろうとしているが、ドイツの電力会社エーオンはロシアのガス田を買収している。

 一連の合意は、ヨーロッパにおいて最も強力で新しいパートナーシップになりつつある絆の深さを物語る。緊密な関係の歴史を背景に、この10年で貿易と投資が急増し、さらにドイツはロシアから大量の天然ガスを輸入している。今やドイツはロシアの最も重要な貿易相手というだけでなく、西側で第1の擁護者になった。

 アメリカのミサイル防衛計画にもドイツは冷ややかだ。ロシアがNATO(北大西洋条約機構)圏の東方拡大を阻止する上でドイツは「最大の支援者」だと、ロシア上院国際問題委員会のミハイル・マリゲーロフ議長は言う。

 ロシアが東ヨーロッパへのガス供給を停止しても、グルジアでの占領を続けても、ドイツとロシアの友情は数々の紛争や危機を生き延びてきた。

 ドイツの前首相で退任後はロシアの複数のエネルギー企業で役員を務めるゲアハルト・シュレーダーは、物議を醸したロシアからの天然ガスパイプラインの建設を断行した。これによりドイツのエネルギー供給は、ロシア国営企業ガスプロムへの依存を高めることになる。

 ロシア語を話せる現ドイツ首相アンゲラ・メルケルは、旧東ドイツ出身
のためシュレーダーよりロシアに懐疑的だ。メルケルはあえてロシアの反体制派と会い、シュレーダーが基本的に無視した東ヨーロッパの隣人たちとの関係を強化している。シュレーダーの「パリ・ベルリン・モスクワ枢軸」も外交政策の方針から削除した。

 しかしロシアはウクライナとの天然ガス紛争とグルジア侵攻以来、ドイツ以外のヨーロッパと関係が悪化している。そのため相対的に見て、ドイツとロシアはシュレーダー時代より近づいているとも言える。メルケルは両国の関係を質も量も抑えようとしているが、今もヨーロッパの指導者のなかで最大のロシア支持派の1人だ。

 ドイツにとってロシアとの関係維持はカネの問題だけではない。「持ちつ持たれつで親交関係を回復する」外交政策は、ロシアを経済的、政治的、社会的に緊密なネットワークでヨーロッパの秩序に結び付ける試みでもある。

「ドイツはロシアにどの国よりも深い絆と愛情を持っている」と、与党キリスト教民主同盟のアンドレアス・ショケンホフ院内副幹事は言う。「われわれは西側とロシアの間に橋を築き、ロシアの孤立を終わらせることができる」

戦略産業での大型取引

 両国の特別な関係の歴史は長い。17世紀のドイツ人によるボルガ平原入植までさかのぼることもできる。70年代に西ドイツがソ連との関係強化を模索した東方政策を始まりとする見方もある。当時アメリカの強硬な反対をよそに、ロシアとドイツの間に最初のガスパイプラインが建設された。

 ドイツは自らの複雑で苦難に満ちた歴史の中で、ロシアと同じように、政治的にも文化的にも西洋と東洋の間を行きつ戻りつしてきた。おそらくこの共通点から、ドイツ人はロシア人の「魂」に特別な親近感があると思われているのだろう。

 近年は貿易が両国の関係の原動力になっている。独ロ貿易は98年の150億ユーロから08年には680億ユーロへ4倍に増えた(ただし、今年はエネルギー価格の下落とドイツ製機器の注文のキャンセルで30%減少)。

 ドイツの対ロシア貿易は対ベルギーや対スイスより少ないが、ロシアとの取引はいくつかの戦略産業に集中している。それらの部門の多くの企業にとって、ロシアは最も急成長していて最も利益を生む可能性のある市場だ。

 例えば、ロイヤル・ダッチ・シェルとBPはロシアの有望な油田開発プロジェクトから締め出された。一方でガスプロムとさまざまな取引を通じて関係の深いエーオンは今年6月、世界有数規模のユジノ・ルースコエのガス田開発で権益の25%を獲得した。

 大型取引の発表は今年に入りペースが加速している。3月にはミュンヘンを本拠とするエレクトロニクス大手シーメンスが、フランスの原子力発電企業アレバとの合弁を解消し、ロシアの国営企業ロスアトムと提携して最大で世界の5分の1の数に及ぶ原子力発電所を建設すると発表した。

 5月にドイツ政府はゼネラル・モーターズ(GM)のドイツ子会社オペルを、ロシアの国営銀行スベルバンクと自動車メーカーGAZが参加する企業連合に売却すると決定。ドイツの税金から45億ユーロが投入される。

 メルケルとロシアのドミトリー・メドベージェフ大統領は7月16日にミュンヘン郊外のシュライスハイム宮殿で首脳会談を行い、さまざまな新しい合意が発表された。共同でエネルギー機関を設立するほか、ドイツからロシアへの輸出を維持するため5億ユーロの緊急貿易金融対策が実行される。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

アングル:値上げ続きの高級ブランド、トランプ関税で

ワールド

訂正:トランプ氏、「適切な海域」に原潜2隻配備を命

ビジネス

トランプ氏、雇用統計「不正操作」と主張 労働省統計

ビジネス

労働市場巡る懸念が利下げ支持の理由、FRB高官2人
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:トランプ関税15%の衝撃
特集:トランプ関税15%の衝撃
2025年8月 5日号(7/29発売)

例外的に低い日本への税率は同盟国への配慮か、ディールの罠か

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    オーランド・ブルームの「血液浄化」報告が物議...マイクロプラスチックを血中から取り除くことは可能なのか?
  • 3
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿がSNSで話題に、母親は嫌がる娘を「無視」して強行
  • 4
    カムチャツカも東日本もスマトラ島沖も──史上最大級…
  • 5
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 6
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 7
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    ハムストリングスは「体重」を求めていた...神が「脚…
  • 10
    これはセクハラか、メンタルヘルス問題か?...米ヒー…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 3
    日本人の児童買春ツアーに外務省が異例の警告
  • 4
    12歳の娘の「初潮パーティー」を阻止した父親の投稿…
  • 5
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 6
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
  • 7
    いま玄関に「最悪の来訪者」が...ドアベルカメラから…
  • 8
    枕元に響く「不気味な咀嚼音...」飛び起きた女性が目…
  • 9
    【クイズ】1位は韓国...世界で2番目に「出生率が低い…
  • 10
    一帯に轟く爆発音...空を横切り、ロシア重要施設に突…
  • 1
    「週4回が理想です」...老化防止に効くマスターベーション、医師が語る熟年世代のセルフケア
  • 2
    その首輪に書かれていた「8文字」に、誰もが言葉を失った
  • 3
    ウォーキングだけでは「寝たきり」は防げない──自宅で簡単にできる3つのリハビリ法
  • 4
    頭はどこへ...? 子グマを襲った「あまりの不運」が…
  • 5
    幸せホルモン「セロトニン」があなたを変える──4つの…
  • 6
    囚人はなぜ筋肉質なのか?...「シックスパック」は夜…
  • 7
    「細身パンツ」はもう古い...メンズファッションは…
  • 8
    「ベンチプレス信者は損している」...プッシュアップ…
  • 9
    ロシアの労働人口減少問題は、「お手上げ状態」と人…
  • 10
    いきなり目の前にヒグマが現れたら、何をすべき? 経…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中