最新記事

アート

人間の指先の汚れとデバイスの冷たさと──対極性で描く写真アート

Out of Touch

2019年06月07日(金)18時05分
メアリー・ケイ・シリング

カリーフ・ブラウダーが2年間入れられた独房の写真は孤独と絶望感が漂う作品に ARTWORK BY TABITHA SOREN

<アナログとデジタルの衝突が生み出す新たな表現の可能性と脅威とは?>

空の旅は、本を読むにはうってつけの時間だ。タビサ・ソーレンも5年前、iPadを取り出して読書をしようとした。と ころが頭上から照り付けるライトが反射して、読みにくくて仕方がない。文章よりも、画面に付いた指の跡のほうがずっと目につく──。

イライラしていたソーレンが、ふと気が付いたのはそのときだ。「ん? これってフランツ・クラインの抽象画みたいじゃない、と思った」と、ソーレンは当時を振り返る。「これは面白いことができるかもしれない」

90年代に『MTVニュース』のリポーターを務めて人気者になったソーレンだが、ここ10年ほどはアート写真家として第2のキャリアを築いてきた。

0226p64-01 (1).jpg
タビサ・ソーレン ARTWORK BY TABITHA SOREN

飛行機でのひらめきから2年、試行錯誤を重ねた末、ソーレンはiPad(やスマートフォン)に映っている画像を背景と して生かしつつ、画面上の指跡を効果的に浮き上がらせるスタイルを確立した。背景の画像は、ニュースサイトやSNSの投稿写真、動画サイトのキャプチャの場合もあれば、スマートフォンで撮った写真の場合もある。「こうしてみると、見たことのないような現代的な作品になった。どんどん進化するハイテク製品を使いこなすのに苦労しているときのような、かっこよさと葛藤が共存している」

ソーレンはベストセラー作家の夫マイケル・ルイス(映画化された『マネー・ボール』などで知られる)との間に3人の子供がいる。子育ての傍らでの制作活動は、間違いなくテクノロジーの進歩に助けられていることを彼女は認める。「もちろん葛藤はあるけれど」

このiPad画像+指跡シリーズの展覧会『サーフェス・テ ンション(表面張力)』が、マサチューセッツ州のウェルズリ ー大学デービス美術館で開かれている(6月9日まで)。

制作は骨の折れるプロセスだ。まず、箱形の大判カメラを三脚に据えフードを付けてiPadの画面を撮影する。このとき強烈な光を当てると、表面のベタベタした指跡が浮き上がる。

「フィルムを1枚1枚入れ替えなくてはいけないし、デジタルカメラではないから仕上がりを確認できない」と、ソーレンは言う。それからフィルムを現像し、デジタルスキャンして加工する。展覧会用の作品は、152×304センチに引き伸ばした。

出来上がった作品には、どこか見る者をぞっとさせる雰囲気がある。19世紀のイギリスの画家J・M・W・ターナーの風景画を思わせるような作品もある。実際、指でスワイプした跡が筆致のように見えるため、絵画だと思う人もいるようだ。「あるグループ展に1点だけ出品したら、最初は絵画だと思う人が多かったと、学芸員が教えてくれた」と、ソーレンは語る。

0226p64-02.jpg
ソーレンはiPadなどに表示された写真と画面上の指跡を組み合わせて独特の形のアートを生み出した  ARTWORK BY TABITHA SOREN

これはフィルムを使っていることと関係しているのではないかと、彼女は考えている。「一番絵画的な作品は、(ミズーリ州の)ファーガソンで起きたデモ行進の写真を使ったものだろう」と、ソーレンは言う。

アナログとデジタルを組み合わせる作業は、ワクワクするものだった。「それがこのシリーズのきっかけだったとは言わないが、大きな要因にはなった。人間は体毛があり、皮脂があり、涙をこぼす。一方、こうしたデバイスはすべすべで、完璧な形をしている。人間の指のベタベタした汚れと、デバイスの取り澄ましたような冷たさの対極性がとても気に入っている」

あわせて読みたい
ニュース速報

ビジネス

午前の日経平均は反発、ハイテク株買い戻し 米政府再

ワールド

COP30、米国による妨害を懸念=各国代表

ワールド

イーライリリーの減量治療薬、10月のインド医薬品売

ワールド

中国の駐大阪総領事投稿に強く抗議、適切な対応要求=
あわせて読みたい

RANKING

  • 1

    加工した自撮り写真のように整形したい......インス…

  • 2

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 3

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 4

    「見せたら駄目」──なぜ女性の「バストトップ」を社…

  • 5

    カーダシアンの顔になるため整形代60万ドル...後悔し…

  • 1

    加工した自撮り写真のように整形したい......インス…

  • 2

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 3

    ハリウッド大注目の映画監督「HIKARI」とは? 「アイ…

  • 4

    2100年に人間の姿はこうなる? 3Dイメージが公開

  • 5

    「SNSで話題の足裏パッドで毒素は除去されない」と専…

  • 1

    「エプスタインに襲われた過去」と向き合って声を上…

  • 2

    残忍非道な児童虐待──「すべてを奪われた子供」ルイ1…

  • 3

    加工した自撮り写真のように整形したい......インス…

  • 4

    「恐ろしい」...キャサリン妃のウェディングドレスに…

  • 5

    やはり「泣かせた」のはキャサリン妃でなく、メーガ…

MAGAZINE

LATEST ISSUE

特集:高市早苗研究

特集:高市早苗研究

2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える