最新記事

アメリカ社会

自宅にトラを飼う危険なペット熱

トラを飼うセレブや一般人が急増、人が襲われ死傷する事件が後を絶たず、無理な交配や劣悪な飼育環境も深刻な問題に

2010年9月21日(火)15時13分
ラビ・ソマイヤ

スターも夢中 シークフリード&ロイとマイケル・ジャクソン(02年、ラスベガスのホテルの楽屋で) Courtesy of Siegfried & Roy-The Mirage/Getty Images

 野生のトラは現在、世界に3000頭しか生息していない。一方、アメリカには少なくとも7000頭のトラがいるとみられている。そのうち動物園で飼育されているのは数百頭。残りは郊外の住宅や都会のアパートで飼われている。ラスベガスのカジノ、セレブの豪邸、サーカスやマジックショーや動物園のほか、麻薬密売人のアジトや合成麻薬密造所で番犬代わりに飼われていたトラもいる。

 トラをペットにするのは危険だ。アメリカでは毎年、トラに襲われて死傷する事故が後を絶たない。最大の亜種であるシベリアトラは、肩高が約1・2メートル、体長2・7メートル、体重は290キロを超え、寿命は20年以上。野生のトラはクマやヒョウなどを狙い、強靭なあごで頭と首に食らいつく。しかし、非常に危険だからこそトラは人を魅了すると、アメリカ動物愛護協会のベス・プライスは言う。

 アメリカのトラには立派なお墨付きもある。マーティン・バンビューレン第8代大統領は、オマーンの国王からトラの子供2頭を贈られた。1960年12月にはホワイトタイガーがアメリカに初上陸、ドワイト・アイゼンハワー第34代大統領に拝謁している。

 業界筋の話では、ペット用のトラの市場は80年代〜00年代前半にかけて膨れ上がった。特に影響を指摘されるのが、映画『スカーフェイス』(アル・パチーノ演じる麻薬王トニー・モンタナがトラを飼っている)と、マイケル・ジャクソンのアルバム『スリラー』のジャケット(マイケルが生後6週間のトラと一緒に写っている)だ。マイケル自身、2頭のトラを飼っていた(その後、女優のティッピ・ヘドレンに引き取られた)。

 90年代前半、マイク・タイソンはベンガルトラを相手にスパーリングしていると公言していた。パリス・ヒルトンは、ラスベガスのカジノで勝った記念にトラを購入。昨年はラッパーのエイコンが、セレブが自慢の豪邸を紹介するMTVの番組で、ペットのホワイトタイガーを披露した。

 トラに夢中になるのは、セレブだけではない。アントワン・イエーツは、マンハッタン北部ハーレムのアパートでトラを飼っていた。彼は00年前半、ミネソタ州の自然動物園から生後8週間のトラを連れ帰った。当初は体重約9キロ。「気付いたら90キロになっていた」と、イエーツは言う。体重はすぐに180キロに達し、後ろ足で立つと高さは2・7メートルになった。

ぬれ手で粟のブリーダー

 03年10月1日の朝、トラが野良猫に飛び掛かるのが見えた。止めようとしたイエーツは、膝と右腕をかまれて重傷を負った。病院では犬にやられたと言い張った。
数日後、住民からの通報で警察が動き出した。穴を開けて部屋をのぞくと、大きなトラが横切るのが見えたという。射撃チームがロープを伝って外壁を下り、トラを麻酔銃で狙撃。トラは窓を破ってチームに飛び掛かってきた。

 トラは自然保護区に送られ、イエーツは「未必の故意による危害」で5カ月間服役した。イエーツにトラを売った自然動物園の経営者は、野生動物の違法売買に関連する7つの訴因で有罪を認めた。

 アメリカでは現在、州外へのトラの移動は法律で禁じられているので、取引は闇で行われる。そのためブリーダーの正確な数はつかみにくいが、数百人に上るはずだと、捨てられたトラや虐待されたトラを保護する人々は言う。

 最近まで厳密な連邦法も州法もなかったため、「トラは数千ドルで売られていた」と、アーカンソー州のターペンタインクリーク野生生物保護財団の動物学者、エミリー・マコーマックは言う。「あるブリーダーは、繁殖用のトラが1年間に2回、1回に3〜4頭出産するので、平均的なアメリカ人よりずっと稼げると言っていた」

 特に珍重されるのが完璧なホワイトタイガーで、2万ドル以上で取引される。ホワイトタイガーはベンガルトラの突然変異で、野生にはほとんどいない。

 アメリカのホワイトタイガーは膨大な近親交配のたまものだ。元ブリーダーによれば、完璧なホワイトタイガーが生まれる割合は数頭に1頭。父と娘、兄弟と姉妹を交配させた結果、心臓萎縮、腱の短縮、脚の湾曲、腎臓疾患、背骨の奇形、斜頸などが起きる場合がある。ターペンタインクリークも奇形のトラを数頭保護している。

 現在ラスベガスで暮らすイエーツは、トラを含むネコ科の大型動物22頭を飼っている。今でも彼はトラと日常的に遊ぶという。

 対するマコーマックは、慎重になるよう呼び掛ける。「トラは遊びのつもりでも、人間は死んでしまう」と、彼は言う。「それがトラの本能。人間になれていても関係ない。人が背中を向けた途端、獲物を追う態勢になる。食べるつもりはなくても、誤って殺しかねない。家でトラを飼うのは子供に弾を込めた銃を与えるようなもの。よほどラッキーでない限り、いつか暴発して死者や重傷者が出る」

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ビジネス

米ナイキ、中国生産縮小を計画 米関税で10億ドルの

ビジネス

新興国市場は「適温相場」、米資産離れで資金流入活発

ビジネス

米テスラ、マスク氏側近幹部のアフシャール氏が退社

ワールド

訂正(26日配信記事)-米税制・歳出法案から報復課
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:世界が尊敬する日本のCEO
特集:世界が尊敬する日本のCEO
2025年7月 1日号(6/24発売)

不屈のIT投資家、観光ニッポンの牽引役、アパレルの覇者......その哲学と発想と行動力で輝く日本の経営者たち

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    イランを奇襲した米B2ステルス機の謎...搭乗した専門家が語る戦略爆撃機の「内側」と「実力」
  • 2
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉仕する」ポーズ...アルバム写真に「女性蔑視」批判
  • 3
    韓国が「養子輸出大国だった」という不都合すぎる事実...ただの迷子ですら勝手に海外の養子に
  • 4
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 5
    【クイズ】北大で国内初確認か...世界で最も危険な植…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝…
  • 8
    伊藤博文を暗殺した安重根が主人公の『ハルビン』は…
  • 9
    単なる「スシ・ビール」を超えた...「賛否分かれる」…
  • 10
    夜道を「ニワトリが歩いている?」近付いて撮影して…
  • 1
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 2
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測不能な大型動物」に近づく幼児連れ 「ショッキング」と映像が話題に
  • 3
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の「緊迫映像」
  • 4
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
  • 5
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 6
    「小麦はもう利益を生まない」アメリカで農家が次々…
  • 7
    定年後に「やらなくていいこと」5選──お金・人間関係…
  • 8
    飛行機内で「最悪の行為」をしている女性客...「あり…
  • 9
    サブリナ・カーペンター、扇情的な衣装で「男性に奉…
  • 10
    イランとイスラエルの戦争、米国より中国の「ダメー…
  • 1
    日本の「プラごみ」で揚げる豆腐が、重大な健康被害と環境汚染を引き起こしている
  • 2
    「コーヒーを吹き出すかと...」ディズニーランドの朝食が「高額すぎる」とSNSで大炎上、その「衝撃の値段」とは?
  • 3
    一瞬にして村全体が消えた...スイスのビルヒ氷河崩壊の瞬間を捉えた「恐怖の映像」に広がる波紋
  • 4
    「あまりに愚か...」国立公園で注意を無視して「予測…
  • 5
    妊娠8カ月の女性を襲ったワニ...妊婦が消えた川辺の…
  • 6
    庭にクマ出没、固唾を呑んで見守る家主、そして次の…
  • 7
    大爆発で一瞬にして建物が粉々に...ウクライナ軍「Mi…
  • 8
    10歳少女がサメに襲われ、手をほぼ食いちぎられる事…
  • 9
    「ママ...!」2カ月ぶりの再会に駆け寄る13歳ラブラ…
  • 10
    JA・卸売業者が黒幕説は「完全な誤解」...進次郎の「…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中