最新記事

米金融

ゴールドマン提訴、新生SECの本気度

ゴールドマン・サックスを証券詐欺罪で提訴するなど、米証券取引委員会がようやく監視機関の責任を果たし始めた

2010年4月19日(月)17時42分
マシュー・フィリップス

標的第1号 ゴールドマン・サックスは、大物投資家が相場暴落で大儲けする片棒を担いだ?(マンハッタンの本社) Brendan McDermid-Reuters

 SEC(米証券取引委員会)にとっては忙しい1週間だった。4月14日水曜日には、機関投資家による超高速の株式売買の内容を把握するために、投資家ごとに識別番号を設ける方針を発表した。これにより、これまで野放しになっていた不透明な取引の世界に初めて光が当てられる。ささやかではあるが、重要な一歩だ。

 そのわずか2日後の16日金曜日、もう1つのビッグニュースが飛び込んできた。SECが金融大手のゴールドマン・サックスを証券詐欺罪で提訴したのだ。

 SEC委員長にメアリー・シャピロが就任して1年。SECはいよいよ、ウォール街のために障害物を取り除くのではなく、ウォール街を規制するという本来の役割を果たし始めたようだ。

怠慢の10年にこれで終止符?

 SECはこの10年間、エンロンとワールドコムの不正会計事件やバーナード・マドフの巨額詐欺事件などの大スキャンダルを完全に見過ごしてきた。SECの規制の甘さが金融危機を招く一因になったことも否定できない。シャピロの前の3代のSEC委員長(ブッシュ前大統領に任命されたハービー・ピット、ウィリアム・ドナルドソン、クリストファー・コックス)は、金融機関を監視する役割を放棄しているに等しかった。

 しかし今回、SECの捜査官たちはかなり徹底した調査を行ったようだ。SECの提訴内容によれば、ゴールドマンは、大物投資家ジョン・ポールソンのヘッジファンド会社が市場の暴落で大儲けをする片棒を担いでいた。

 SECによると、ポールソンは07年前半にゴールドマンを訪れて、サブプライムローン(信用度の低い個人向け住宅ローン)の証券化商品の値下がりに賭ける投資を行いたいと持ち掛けた。

 ゴールドマンはポールソンの提案に応じ、サブプライムローンを証券化してCDO(債務担保証券)を組成。ポールソンは、このCDOが値下がりした場合に儲けが出るCDS(クレジット・デフォルト・スワップ)を購入することになった。

 この取引で儲けるためには、値下がりするCDOを購入する「カモ」を見つける必要がある。その売り込みの際にゴールドマンは、ポールソンがこのCDOの値下がりに2億ドル賭けているという事実を伏せ、逆にCDOを2億ドル買っていると嘘の説明をしたと、SECは指摘している(この点が詐欺行為に当たると、SECは判断した)。

捜査がさらに拡大する可能性も

「カモ」になったのは、ドイツのIKB産業銀行とオランダの金融大手ABNアムロだった。取引は07年4月に成立し、その後1年もたたないうちにCDOの価値は急落。IKBは1億4000万ドル、ABNアムロは8億9000万ドルの損失を被った。一方、ポールソンは10億ドルの利益を手にし、ゴールドマンは1500万ドルの手数料収入を得た。

 ゴールドマンは、SECの提訴内容を「事実無根」と否定し、断固として争う姿勢を表明。ポールソンは一切の不正行為を否定し、自身はいかなる容疑も掛けられていないとコメントしている。

 ゴールドマン提訴は市場を驚かせたが、SECの戦いはまだ始まったばかりなのかもしれない。「ウォール街のほかの多くの金融機関」のCDOの組成・販売の実態も捜査していると、あるSEC幹部は本誌に語っている。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

台湾の頼次期総統、20日の就任式で中国との「現状維

ワールド

イスラエル軍、ガザ北部で攻勢強化 米大統領補佐官が

ワールド

アングル:トランプ氏陣営、本選敗北に備え「異議申し

ビジネス

日本製鉄副会長が来週訪米、USスチール買収で働きか
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:インドのヒント
特集:インドのヒント
2024年5月21日号(5/14発売)

矛盾だらけの人口超大国インド。読み解くカギはモディ首相の言葉にあり

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 2

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバいのか!?

  • 3

    SNSで動画が大ヒットした「雨の中でバレエを踊るナイジェリアの少年」...経験した偏見と苦難、そして現在の夢

  • 4

    「まるでロイヤルツアー」...メーガン妃とヘンリー王…

  • 5

    時速160キロで走行...制御失ったテスラが宙を舞い、4…

  • 6

    チャールズ英国王、自身の「不気味」な肖像画を見た…

  • 7

    英供与車両から巨大な黒煙...ロシアのドローンが「貴…

  • 8

    日本とはどこが違う? 韓国ドラマのオリジナルサウン…

  • 9

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 10

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 1

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する悲劇の動画...ロシア軍内で高まる「ショットガン寄越せ」の声

  • 2

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両を一度に焼き尽くす動画をウクライナ軍が投稿

  • 3

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々に明らかになる落とし穴

  • 4

    原因は「若者の困窮」ではない? 急速に進む韓国少…

  • 5

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などで…

  • 6

    エジプトのギザ大ピラミッド近郊の地下に「謎めいた…

  • 7

    北米で素数ゼミが1803年以来の同時大発生、騒音もダ…

  • 8

    「EVは自動車保険入れません」...中国EVいよいよヤバ…

  • 9

    プーチン5期目はデフォルト前夜?......ロシアの歴史…

  • 10

    常圧で、種結晶を使わず、短時間で作りだせる...韓国…

  • 1

    ロシア「BUK-M1」が1発も撃てずに吹き飛ぶ瞬間...ミサイル発射寸前の「砲撃成功」動画をウクライナが公開

  • 2

    「おやつの代わりにナッツ」でむしろ太る...医学博士が教えるスナック菓子を控えるよりも美容と健康に大事なこと

  • 3

    新宿タワマン刺殺、和久井学容疑者に「同情」などできない理由

  • 4

    やっと撃墜できたドローンが、仲間の兵士に直撃する…

  • 5

    世界3位の経済大国にはなれない?インドが「過大評価…

  • 6

    立ち上る火柱、転がる犠牲者、ロシアの軍用車両10両…

  • 7

    一瞬の閃光と爆音...ウクライナ戦闘機、ロシア軍ドロ…

  • 8

    タトゥーだけではなかった...バイキングが行っていた…

  • 9

    EVが売れると自転車が爆発する...EV大国の中国で次々…

  • 10

    ヨルダン・ラジワ皇太子妃のマタニティ姿「デニム生地…

日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中