最新記事

欧州の新リーダー、メルケルの憂鬱

ウラ読み国際情勢ゼミ

本誌特集「国際情勢『超』入門」が
さらによくわかる基礎知識

2010.04.19

ニューストピックス

欧州の新リーダー、メルケルの憂鬱

ギリシャの財政危機で露呈したEUの指導力の不在。実績と手腕のある独首相はその空白を埋められるか

2010年4月19日(月)12時00分
シュテファン・タイル(ベルリン支局)

債務にあえぐヨーロッパの国々をのみ込みつつある危機が、EU(欧州連合)内の深い亀裂をあらわにしている。特に欧州単一通貨ユーロ圏16カ国の間の溝は深刻だ。

 ギリシャが債務不履行に陥るのではないかという不安は、3月に入りスペインに飛び火し始めた。ギリシャよりはるかに大規模なスペイン経済は、20%に達する失業率、長引く不況、GDP(国内総生産)の約12%に達する財政赤字という悪循環に陥っている。

 ポルトガル、アイルランド、イタリアも似たような状況だ。フランスやドイツなどEUの裕福な国々は、苦しむ隣人たちに直接の金融支援をするつもりがない。

 先行きが見えず、財政危機がさらに広まるのではないかという不安から、ユーロはわずか3カ月の間に対ドルで10%値を下げている。アメリカの増大する財政赤字を考えれば、ドル自体が安定しているとはとても言えないのだが。

 最終的にはEUの安定そのものを揺るがしかねず、本物のリーダーシップが切に求められている。EU官僚は役に立たない。「EU憲法」のリスボン条約が09年12月にようやく発効して新しい体制が誕生したが、まだ新しい理念と方向性を示せずにいる。

 代わりにジョゼ・マヌエル・バローゾ欧州委員会委員長と初代EU大統領(欧州理事会常任議長)ヘルマン・ヴァンロンプイの間で新しい縄張り争いが生まれ、ヨーロッパのリーダーシップの空白を長引かせている。その役割をこなせるのは、国際的な合意を形成する能力のある強力な国家指導者しかいないことは明白だ。

 この危機的状況に注目を一身に集めているのが、アンゲラ・メルケル独首相。メルケルの評価が高まっているのはヨーロッパ最大の経済国を率いているからだけでなく、昨今の景気後退も(今のところ)雇用を大幅に減らすことなく耐えて、西側の主要国で財政赤字が最も少ないからでもある。

満たされた大国として

 冷静で現実的なメルケルは、対立関係をさばいて合意を打ち出す才能を実証してきた。現時点で彼女にかなう指導者はいない。ニコラ・サルコジ仏大統領は予測不可能で落ち着きがない。ゴードン・ブラウン英首相は事実上の「死に体」で、スペインのホセ・ルイス・ロドリゲス・サパテロ首相は自国の危機でそれどころではない。

 最も重要なのは、ドイツ経済がEU域内の貿易とユーロの恩恵をどこよりも受けていることだ。EU経済が無傷のまま安定と繁栄を持続することは、ドイツにとって重大な国益に関わる。

 問題は、メルケルにもドイツにも、先頭に立とうという機運がほとんどないことだ。東西統一から20年、ドイツは満たされた内向き思考の大国となり、現状維持を何よりも大切にするようになった。

 メルケルは継続を約束することで第二次大戦以降のドイツで最も人気のある指導者となり、変化と改革の回避を公約して09年の総選挙で再び勝利した。しかしドイツの現状維持を脅かす問題は増えており、ギリシャの危機もその1つにすぎない。どれだけ外向きの積極的な対応が緊急に求められても、実験的な試みはしないことをドイツは信条にしてきた。

 一見すると、メルケルが深入りしようとしないのも無理はない。これまでEUがドイツに指導力を求めるときは決まって、ドイツに金を払わせるためだった。実際、ヘルムート・コール元首相はそのビジョンと小切手でヨーロッパの統一を後押しした。

 しかしメルケルの世代の指導者にとって、ヨーロッパの統一はもはや戦争と平和の問題ではなく、20世紀の戦争の歴史から生まれた倫理的義務でもない。

今、あなたにオススメ
ニュース速報

ワールド

ウクライナ東部の要衝ポクロウシクの攻防続く、ロシア

ワールド

クック理事、FRBで働くことは「生涯の栄誉」 職務

ビジネス

NY外為市場=ドル上昇、FRB12月の追加利下げに

ビジネス

キンバリークラーク、「タイレノール」メーカーを40
今、あなたにオススメ
MAGAZINE
特集:高市早苗研究
特集:高市早苗研究
2025年11月 4日/2025年11月11日号(10/28発売)

課題だらけの日本の政治・経済・外交を初の女性首相はこう変える

メールマガジンのご登録はこちらから。
人気ランキング
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    米沿岸に頻出する「海中UFO」──物理法則で説明がつかない現象を軍も警戒
  • 3
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った「意外な姿」に大きな注目、なぜこんな格好を?
  • 4
    「あなたが着ている制服を...」 乗客が客室乗務員に…
  • 5
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 6
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」は…
  • 7
    虹に「極限まで近づく」とどう見える?...小型機パイ…
  • 8
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 9
    「白人に見えない」と言われ続けた白人女性...外見と…
  • 10
    これをすれば「安定した子供」に育つ?...児童心理学…
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読み方は?
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    【話題の写真】自宅の天井に突如現れた「奇妙な塊」…
  • 5
    【ウクライナ】要衝ポクロウシクの攻防戦が最終局面…
  • 6
    9歳女児が行方不明...失踪直前、防犯カメラに映った…
  • 7
    【クイズ】1位は「蚊」...世界で「2番目に」人間を殺…
  • 8
    女性の後を毎晩つけてくるストーカー...1週間後、雨…
  • 9
    「日本のあの観光地」が世界2位...エクスペディア「…
  • 10
    だまされやすい詐欺メールTOP3を専門家が解説
  • 1
    【クイズ】本州で唯一「クマが生息していない県」はどこ?
  • 2
    英国で「パブ離れ」が深刻化、閉店ペースが加速...苦肉の策は「日本では当たり前」の方式だった
  • 3
    【クイズ】ヒグマの生息数が「世界で最も多い国」はどこ?
  • 4
    かばんの中身を見れば一発でわかる!「認知症になり…
  • 5
    1000人以上の女性と関係...英アンドルー王子、「称号…
  • 6
    増加する「子どもを外注」する親たち...ネオ・ネグレ…
  • 7
    悲しみで8年間「羽をむしり続けた」オウム...新たな…
  • 8
    【クイズ】クマ被害が相次ぐが...「熊害」の正しい読…
  • 9
    【クイズ】日本でツキノワグマの出没件数が「最も多…
  • 10
    お腹の脂肪を減らす「8つのヒント」とは?...食事以…
トランプ2.0記事まとめ
日本再発見 シーズン2
CHALLENGING INNOVATOR
Wonderful Story
MOOK
ニューズウィーク日本版別冊
ニューズウィーク日本版別冊

好評発売中