コラム

祖父と私と「永遠の0」

2014年01月14日(火)09時00分


ニューヨーク支局に赴任した私は、さっそくアメリカ人の知人を通じて釜石にいたという元捕虜、ジャック・ウォーナーさんに連絡を取った。拒否されたらそれも1つの結末かもしれないという思いでこちらが連絡したがっていると伝えてもらったのだが、オクラホマ州に住む91歳のウォーナーさんは私から直接電話することを了承し、その後の電話ではなんと彼を訪ねて行くことを許可してくれた。それでも、電話越しでウォーナーさんは「イエス」しか語らず、こちらを警戒している様子が伝わってきた。私はウォーナーさんを訪ねる前に手紙を書き、自分が今まで調べてきたことと共に今回の訪問の趣旨を説明した。祖父の管理下で捕虜生活を送った彼に手紙の中で「謝る」べきかどうかとさんざん迷い、何度も書き直した末、どんな話をするのかは会ってから考えようとその一言は結局書かずに投函した。

2013年8月4日午前9時、オクラホマシティ空港から車を2時間走らせたところにあるウォーナーさんの自宅を訪ねた。過去に何度か経験してきたように、元捕虜収容所長の孫である私に白い目を向けたり怒りをぶつけてきたりすることも覚悟しながらの訪問だった。だが彼は、家の前に立って手を振って待っていてくれた。それだけでなく、車を降りた私を笑顔で迎え、ハグをしてくれた。私はその時、目の前の状況がうまく理解できずにいた。それくらい、自分の身に起きていることは全く予想外の出来事だった。

家の中に通されると、さらなるサプライズが待っていた。元捕虜のウォーナーさんだけではなく、彼の娘、孫娘とご主人、そしてその子供たち(つまりひ孫)やその恋人たちまで、家族総出で迎えてくれたのだ。その後も他の孫とひ孫という家族が2組駆けつけ、13歳から91歳までの4世代に渡る大ファミリーで私を取り囲んでくれた。そして、その14人の中には誰1人として「白い目」を向ける人はいなかった。みんな笑顔で、1人ずつハグして握手して歓迎してくれたのだ。

その後、ウォーナーさんの孫娘が作ってくれた豪華なアメリカン・ブレックファストをみんなで食べ、戦争体験について話を聞くうちあっという間に5時間が過ぎ、今度はオクラホマならではのBBQ式ハンバーガーランチを振舞ってもらって夕方までわいわいと過ごした。

釜石捕虜収容所と祖父を直接知るウォーナーさんには、聞きたいことが山ほどあった。彼は91歳 にもかかわらず心身ともに全く衰えていなくて、戦時中のことも鮮明に記憶していた。数年間にわたる戦争体験を聞くなかで釜石や祖父の話からそれていくと、私は初め無理やりそこに話を戻そうとしたりもした。祖父の本やフックさんからの手紙と、裁判記録や他の元捕虜が書いた本のどちらがより真実に近いのか、知りたい思いもあった。だが彼の話を聞くうち、だんだんと過去の「事実」を掘り起こす作業の必要性が分からなくなってきた。

ウォーナーさんには、日本や当時の体験、祖父や私に対する恨みや憎しみなどが一切見て取れないのだ。彼の4世代に渡る家族にも、全くそういう感情が見えない。ウォーナーさんのひ孫(19歳) に「ひいおじいちゃんから、戦争の話を聞くことはある?」と尋ねると、笑顔で「しょっちゅう。木の下とかでね」という答えが返ってくる。孫も、ひ孫も、みんな口を揃えて「おじいちゃんに会うたびに戦争体験について聞いてきた」と語る。それでも、彼らには私を警戒したり、非難するようなそぶりは皆無だ。それはつまり、ウォーナーさんがそういう教育をしてこなかったということに違いない。少しでもそういう語り方をしていたら、逆に4世代に渡って日本に対する憎しみが引き継がれていたかもしれないのだ。

「永遠の0」が見事に描き出しているように、あの戦争を誰か1人の視点で語ることはできない。ある事実について見方は人それぞれだとしても、そのどれもがその人にとっての「真実」だ。だから私はウォーナーさんを訪ねる前、彼に会って自分の心がそうしたいと思ったら謝ろうと思っていた。祖父に代わって謝ることはできないが、彼の体験に対して自分が「すまない」と思ったらそう伝えようと。だが、目の前にいる家族を含めてウォーナーさんは私にそんなことははなから求めていないし、私を拒絶ではなく受け入れ、言葉にせずとも過去ではなく未来を向こうと背中を押してくれている。それが分かったとき、「ごめんなさい」という一言がそこではもっとも場違いな言葉に思えてきた。

もちろん、ウォーナーさんもその家族にも私の訪問前には複雑な思いがあったはずだ。ウォーナーさんは1942年、20歳のときにフィリピン・コレヒドール島で零戦からの猛攻撃を生き抜いた後に捕虜になり、栄養失調と伝染病が蔓延するいわゆる「地獄船」で日本に送られた。その後横浜の捕虜収容所で2年半を過ごし、1945年5月に釜石捕虜収容所に送られて終戦を迎えるまでには日本軍の管理下で何人もの仲間たちが命を落としている。だがそのウォーナーさんも、戦後長いあいだ悪夢にうなされ続けるウォーナーさんをそばで見てきたという家族も、私に会うことを決め腕によりをかけて朝食と昼食を用意してくれたとき、その思いを封印してくれたのだろう。

私はこの日、10代のひ孫たちとハンバーガーにかぶりつきながら彼らの夢や自分の仕事についてなど戦争と全く関係ない話をして、全員笑顔で集合写真を撮った。帰るときには1人1人とまたハグをして、「ごめんなさい」ではなく「ありがとう」と言った。ウォーナーさんも私も、会えたことを喜び、別れを惜しんで泣いた。

祖父の話に出会ってから16年。「永遠の0」から勇気をもらって最後のページをめくると、そこに刻まれていたのは海の向こうで戦後68年間続いてきた、もう1つの家族の物語だった。そしてその想定外のラストは、私にとって終わりではなく始まりだった。

戦争体験にまつわる物語というのは「永遠の0」に限らずあの時代に生きた1人1人が持っていて、まして日本だけでなく第2次大戦を戦ったすべての国で今も脈々と受け継がれている。その物語には、ときに深い怒りや悲しみだけが残されることもあれば、一方で新しい物語を紡いでいくための真っ白なページもどこかに隠されているのかもしれない。ウォーナーさん一家の物語は、私にそのことを教えてくれた。

先日、一時帰国中の日本で映画『永遠の0』を観てアメリカに戻ると、ウォーナーさんからクリスマスカードが届いていた。笑顔を浮かべるウォーナー夫妻の写真が添えられたカードには、ウォーナーさんの字でこう書かれていた――「私たち家族は皆、またあなたに会う日を楽しみにしています」。

――編集部・小暮聡子(ニューヨーク)

プロフィール

ニューズウィーク日本版編集部

ニューズウィーク日本版は1986年に創刊。編集コンセプトは、世界と日本をさまざまな視点から見つめる「複眼思考」。編集部ブログでは国際情勢や世界経済、海外エンターテインメントの話題を中心に、ネットの速報記事や新聞・テレビではつかみづらいニュースの意味、解説、分析、オピニオンなどを毎日お届けしていきます。

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